42卍固め
一方、矯太郎達はピクニック気分よろしく、もうひとつの目的に向う。
「さぁ俺達はライフ殿の級友を助けに行こうじゃないか」
矯太郎の声掛けにライフも一つ頷くと、他の石像から少し引き離した友人の元へと近づいてみる。
学生時代にこの少女も同じ魔導学校へと通っていたはずなのだが、如何せん眼鏡を掛けていない女性に興味が無い矯太郎の記憶には残っていなかった。
なので、その女性の事を少しでも知っておくために、じっくりとその石像を観察しはじめる。
石になっている彼女は色彩こそ奪われているが、どこにでも居そうな顔立ちの娘で、器量がいいとは言えない。
だが逆に言うと誰からも好かれそうな安心感のようなものを感じる。
しかしその表情は恐怖と勇猛を同時に併せ持ったように固くしかめられており、今まさに魔法を放たんとする格好で地面に横たわっていた。
緩く握った手にはきっと杖のようなものを持っていたに違いないが、辺りを見回してもそういうものが無いのは不自然に感じた。
ただ、そんな観察の時間も、ライフには惜しいのか。
「石化解除の薬を使いましょう」
ソワソワとした雰囲気で急かすと、メイがスカートの中から4リットルはあるだろうかという器を取り出したのだ。
バスケットボールに注ぎ口をつけたような、大きな焼締めの陶器のボトル。
あのスカートの中は魔境か何かだろうか?
矯太郎も四次元ポケットを取り付けた記憶は無いのだが。
「っていうか、デカいな!」
薬と言うから、手のひらサイズの薬湯みたいなものだと思っていた矯太郎は苦笑いを隠せはしない。
「当然よ! このくらいないと全身の石化を解くことはできやしないわ!」
よくわからないがシャーリーが偉そうだ。
そして、その理由もその口からは語られそうになかったので、矯太郎は一緒に錬金工房へ行ったメイにアイコンタクトを送った。
「この薬の使用方法ですが──まず石の部分に包帯などの布を巻きつけておき、この薬を浸していく感じになります」
そう言ってスカートの中からこれまた大量の包帯を取り出す。
包帯は茶色だが、きっと脱色していない糸を紡いで作られたものなのだろう。
「ということは、服を着ている部分は服にしみこませておけばいいのか?」
「はい、全身をこの薬でパックしてあげることが重要なようです」
メイはやはり錬金窯を借りた店でその使用方法を聞いてきたのだろう、淀みなく答えてくれる。
矯太郎も一応は知識として読んだ記憶はあるが、いかんせん脳も50代なのだ。
直ぐにぱっと答えが出てきにくくなっているのが口惜しい所だ。
有能な部下を持っている以上つい頼ってしまうのだろう。
そんな会話をしている間にも、ライフはメイから包帯を受け取ってテキパキと友人の体に巻き始めた。
最初、矯太郎はその手際の良さに驚きはしたが、元来この子は治療院で働いていた訳だから、こういうのには慣れているのだろうと納得するのだった。
あっという間に服から出ている体の部分は包帯に巻かれて、石像がミイラに化けていた。
薬剤を染み込ませた包帯から何とも言えない薬草のような匂いが漂うが、これで命を拾ったとなれば我慢もできよう。
「では、洋服の方にも薬を染み込ませて参りましょう」
メイとライフの二人でせっせと洋服を浸しながら進めて行く。
シャーリーはその様子を腕を組んでただ見ているだけだ。
現場監督ごっこだろうか?
かくいう矯太郎も、石になっているとはいえうら若き乙女の体を触るのも気が引けたので、少し離れて成り行きを見ているだけで、シャーリーに手伝えなどと偉そうなことは言えないわけだが。
──パキッ、ピシッ──
包帯の下で氷にヒビが入るような音がし始めた。
どうやら効果が表れ始めた様子だ。
倒れないように地面に寝かされたために、天に向かって掲げていた腕が、ゆっくりと下がり始めたのだ。
そこからは見る見るうちに体の硬直が消え初めるのが分かった。
「少し包帯を取ってみましょうか?」
ライフが、彼女の顔のあたりにある包帯を優しく剥がすと、表面に少しだけ残っていた石の膜が卵の殻の様に割れて、10代の瑞々しい肌が現れた。
「成功です!」
ライフの歓喜の声と共に、級友であるリリー・フロマージュは朝を迎えた寝坊助の様に、一瞬顔をしかめてから目を開いた。
「うぅう~ん......あれっ、ライフちゃん?」
「リリー! 良かった!」
状況が飲み込めていないリリーは、友人が抱きついて涙を流している状況に困惑していたが。
あたりの風景を見て石になる前の事を思い出したのだろう、血の気が引いた唇を震わせた。
「私、コカトリスに……」
とだけ言って、ぶり返した恐怖と、それがすでに過ぎ去った物だという安堵感で涙を流し始めた。
ここにライフが訪れたのは偶然かもしれない。
しかし、その偶然のお陰でライフ・グリンベルは友人を失う悲しみを感じることはなかった。
そしてリリー・フロマージュ本人も、そのうら若き生涯をこんな所で終えずに済んだのだ。
そう考えれば、間違って迷い込んだとはいえ、ここに来て良かったと言わざるを得ない。
矯太郎の目は涙を湛えることはなかったが、死の淵からの帰還、友情……その美しい涙から目が離せなかった。
彼には自分を心配してくれるような友人を作ることができず、この歳になってもそう呼べる人間は一人もいないのだから。
彼女達がいかに素直に人間関係を構築してきたのかと、尊敬とともに軽い嫉妬すら覚える。
この奇跡に自分も少なからず貢献したのだが、触れることも、近づくことさえも憚られるように思えてならない。
だが、その遠さが、この光景を一種の神聖な物の様に感じさせ、目を離すことが出来なかったのだ。
しかし、突然にその鑑賞を遮るものがあった。
メイがツカツカと矯太郎に近寄ると、首に腕を絡め、左右の足に彼女の足を絡めたのだ。
「何をするん......ぐはぁ!!」
その意味不明な行動にあっけに取られていた矯太郎だったが、次の瞬間全身に痛みが走った。
同時に彼の知識の中にこの「技」の名前がある事を思い出す。
「何故俺は卍固めを食らっているのだぁぁあああ!」
ロボットの鋼のような体は矯太郎がどうあがいてもピクリとも動かず、ただ人体を破壊しないギリギリのダメージを的確に与えている。
「博士の女性を見るいやらしい視線を感じましたので」
メイは無表情にそういうが、矯太郎には全くそんな気持ちはなかった。
とはいえ弁明がメイに受け入れられる筈もない。
訳の分からないまま、メイのいう「いやらしい」という意味を探る為に、目線だけで乙女達の抱擁を観察する矯太郎。
そこには全身を薬でべとべとにされたリリー・フロマージュがいる。
魔法使いの服装と言えばローブ──つまりふわっとした貫頭衣のようなものだ。
いまやその服は体に張り付き、全体のボディラインをくっきりと浮き上がらせている。
石像を観察した際に、顔が地味な女性だと批評したが、身体は全く地味ではない様子で、矯太郎がナイスバディに作ったメイをも凌駕しているようだ。
身長が低く顔も幼く見える彼女は、いうなればトランジスタグラマーとでもいうのだろうか。
「め......眼鏡を掛けさせたぁい!」
「ついに本性を現しましたね!」
弁明だけをしていればいいものを、つい本能を口に出してしまうのは矯太郎の悪癖だろう。
メイの締めつけに、力がさらに加わる。
「やめろぉぉぉ折れる! ちぎれるぁああ!」
パキン。
ギリギリのラインを超えるダメージを与えられた矯太郎の50代の体は、鳴ってはいけない音を上げ、治癒師のライフの治療を受けるまで気を失う事になった。




