33対峙!コカトリス
「本当にコカトリスだったか……」
矯太郎は冷や汗をぬぐう事もせず、近くに並び立つ石像の様に動けずにいた。
「敵う相手ではありません、ここは逃げましょう」
対岸に居る生き物に聞こえないように、及び腰なライフが提案してくる。
この世界の住人であれば順当な判断というところだ。
入ってきた洞窟は狭いため、そこへ向かえばあの巨体が追ってくることも無いだろうというのは理解しているはずだ。
それでも矯太郎は一抹の不安を拭い切る事は出来なかった。
「そうしたいのは山々なんだがな」
彼は目線をライフの友人である、リリー・フロマージュという少女の石像に向けた。
原因が何かは分からないが、この石像はまだ新しいようだ。
その形が保たれているのも納得がいく。
しかし、そのほかの古い石像は劣化のためなのか、倒れた拍子か分からないが、腕や足といった部分が折れて転がっているのだ。
コカトリスの細かな生態は把握していないが、これらの石像を丁寧に扱うという事は無いのだろう。
彼にしてみれば、自分の寝床へ無断侵入してきた不届き者の末路であるわけだ。
虫の居所が悪ければ蹴り倒すかもしれない。
それに今はその乱立する石像に隠れて居るから見つかっていないが、洞窟の出口へと移動する途中には姿を隠してくれるものはひとつも無いのだ。
見つかれば攻撃が始まるだろうことは請け合いだ。
そして襲って来る直線上に、この石像郡があると言うのが一番の懸念だ。
矯太郎の思考にライフも気づいたのだろう。
「そんな……どうしましょう」
その小声は震えていた。
「博士、この生き物の生態を教えて頂けますか?」
メイが珍しく真剣にそう聞いてきたので少し驚いた矯太郎。
万能メイドロボのメイにとって、一般人である矯太郎が勝っている所はその知識くらいしかない。
だがその知識すら、普段は必要とされず、頼られるという経験が彼には少なかったからだ。
少し戸惑ったが、すぐに自分の知る限りの知識を伝えることにした。
「コカトリスは鶏の体を持ち、尾が蛇になっている生き物で、その息と視線で相手を殺す厄介な生物と言われているんだ、実際は石化して動けなくなってしまうようだな」
彼はその知識を伝えながらも、他の石像の表情などから図鑑に載っていない情報をも引き出す。
石化がじわじわ固まるのであれば、石像のすべてが苦悶の表情を浮かべているに違いない。
ここにある石像はいままさに目の前の敵と相対し、戦う意思を未だに秘めているものがある。
「石化は瞬時に発動するようだが、幸い俺たちが奴の姿を見るだけでは石化していないように、相手から見られない限りは問題ないようだが......」
その後の言葉は不確定だったのか濁す矯太郎。
「目を合わせなくとも、見られるだけで石化してしまう可能性や、息という単語が用いられているように、隠れていてもガス状のもので石化させられる可能性もある訳ですね」
矯太郎が後ろ頭をポリポリと掻く。
「不安にさせる要素だったから言わなかったのだがな」
「現状を把握する方が大切ですし、私は恐怖など感じませんから」
冷静を超えて冷徹な声で語られるその言葉に、頼もしさすら覚える。
今はまだ石像に紛れているため、水を飲んでいるコカトリスには気づかれて居ないが、いつ目が合うかもわからないため、気を付けながらも視界の端に辛うじて入れながらの作戦会議。
「しかし、そうなると厄介極まりないですね……」
メイはその耽美な眉間に皺をよせ、CPUを高速回転させているに違いない。
いつもの小首を傾げて頬に人差し指を当てて居る動作も、微笑ましさを感じない程に緊張感がある。
そんな完璧メイドに負けないように、矯太郎も思考を巡らす。
不安な為か、腰にしがみついているシャーリーの眼鏡越しの上目遣いにすら気付かないほどに集中しているのだ!
それは、コカトリスの生態に留まらず、鶏や蛇のものまで持ち出して考察をする。
このセノーテの条件、住処にする理由。
全てから解決を見出そうとしているのだ。
矯太郎という男は、諦めが悪い。
いや、どちらかと言うと盲目的なのだろう。
出来ると信じたら、出来るまでやり尽くす。
その際には真っ直ぐな道だけを歩いて行くのではなく、越えられない壁を迂回する方法や、何らかの技術で越えてゆくように、あらゆる方向性で物事を考えるくせが付いているのだ。
その頭脳が何かを閃いた。
「メイ、お前なら楽勝じゃないか?」
傾げていた小首を元に戻すと、無表情ながらロボットは主人の顔を真剣に見つめた。
「解決策が見つかったのでしょうか?」
矯太郎はメイを手招いて、耳打ちをした。
「......ハァ、確かにその理論であれば私が負ける道理はなさそうですが」
「この窮地を切り抜ける為の策だ、不満か?」
「いえ、やはり貴方は私を前に出して後ろに隠れるつもりなのですね」
ため息混じりにそう言われるが、矯太郎の目は真っ直ぐにそれを見返している。
「仲間から一人だって犠牲が出ないのなら、俺がみっともなくたって構わんだろう」
その言葉に少しだけ目を大きくしたメイは、次の瞬間その表情を柔和にして笑った。
「5点プラスですね」
「なぜ今ライフ殿を嫁にするポイントに点数が入るのだ!」
「いえ、私のですよ」
創作者を以しても、偶に意味不明の言葉を発するのがこのメイ・ド・フレーズだ。
「なお分からんわ」
こんな状況だと言うのに、その声が何だか楽しそうに聞こえたので、矯太郎は頭を傾げるのだった。




