31矯太郎支障
明かりもない洞窟をひたすらと進んでゆく。
この辺りにはもはや動物も入り込んでいないようだ。
松明の明かりの動きに合わせて、ほとんど自然のままの岩塩がキラキラと反射をするのがどこか幻想的だとさえ感じられる場所だ。
そのうち矯太郎達の眼前、洞窟の奥の方にあかりが見え始めたのだった。
「これはまた、すごい場所だな!」
そこに到着した時誰もが嘆息を漏らした。
空間は突如開け、空から日の光が差し込んでいたのだ。
それが大きなドーム状の洞窟内に溜まった地下水へと当たってきらめいている。
水も澄み切っており、ともすれば水面を見失うほどの透明度を誇り、下砂の白さがやけに際立って見える。
「なんって綺麗な場所!」
その光景に見蕩れるライフがこぼす。
その純粋無垢な瞳は、感動に少しの涙をたたえたのか、ウルウルと輝いていた。
「その眼鏡越しの瞳が美しすぎるぅぅぅう!」
洞窟に反響して響く矯太郎の声は、いつも通りメイのジト目を誘発していた。
矯太郎はハッと我に返ると、一つ咳払いをしてから語り出すのだった。
「これはセノーテといい、洞窟の上部が崩落して出来た空間だな。雨が直接降り込む事で他の場所より深く侵食が進んでいるようだ」
だがその説明にも誰も反応を示すことは無かった。
見ればライフどころかメイまでもがその表情筋肉をほころばせ、うっとりとした目を空間に向けていたのだからだ。
頭上の穴から降り注ぐ光が、多湿の洞窟内の水気に反応して揺らめく、天使の梯子状態になっているのを、ただぼぉっと観察しているようだ。
年頃の女性であればこういった美しいものに目がないのだろう。
そんなことを考えていた矯太郎の袖口を、誰かが引っ張った。
「ししょお~……あそこ、あそこ」
ここで恐怖体験をして逃げ帰ってきたシャーリーとしては、綺麗だとか云々だとかは今更だということなのだろう。
指をさす方向へ矯太郎が目を向けると、池のほとりの方に石が沢山転がっている場所があったので、袖を引かれるままライフとメイを残しそちらへと足を運ぶ。
その石が何であるかを理解した時には、心臓に毛の生えている矯太郎ですらぎょっとした。
それが全て等身大の人型の石像であり、殆どがバラバラに砕かれ放置されていたからだ。
彼の記憶でも、以前床屋の近くのごみ集積場で、マネキンの首が捨てられていたことがあったが、それに近い気味の悪さを感じた。
「石工の練習場かここは?」
それでも何とか思い当たる節を並べて人間は納得しようとする。
苦笑を浮かべながら、その石像を観察しながら歩いてゆく。
石像は男女を問わずだが、比較的若い者が多そうだ。
その表情は勇ましいもの、恐怖に引きつったものと様々ではあったが、喜ぶものや笑顔のものは見かけることはなかった。
いくつか見ているうちに、矯太郎はおかしな点を見つけた。
「何でこの石像は服を着てるんだ?」
ダビデ像やミロのビーナスの様に、石像彫刻は全裸であってほしいという訳ではなく。
石像に布の服や鎧をまとわせてあるのがなんとも不可思議に感じたのだった。
その中でも怖ずに立ったままの石像に近づく。
貫頭衣のようなローブを身に纏った若い女性の石像は、手には何も持っていないものの、簡素な腕輪などのアクセサリーは身に付けている。
と言ってもそれは俗に言う自作のミサンガらしく、金目のものではないように見えた。
「この手の形だと、ちょうど魔法の杖を握っていたのだろうか。貴金属等は持ち歩いて居なかった、と」
「ね、気持ち悪いでしょ?」
深く思考の海に潜ろうとしていた矯太郎の腕に、恐怖に肩を縮こまらせたシャーリーがしがみ付いてきた。
「可愛すぎるっ!」
24歳の彼女はその年齢にそぐわず、見た目だけなら10代も中盤くらいの年齢に見える。
その物を知らない雰囲気も相まって、ちょっと成長の早い小学生高学年くらいのイメージだろうか。
普段は勝気なつり目も、この時だけは下がってしまい、ウルウルと矯太郎を上目遣いで見つめているのだ。
本来考えないといけない事を放棄した矯太郎は、とりあえず目の前の可愛い美少女を愛でる事にした。
その頭を撫でる為に手を伸ばした所を、ほっそりとした力強い手に止められる。
「自分から手を触れるのはアウトです」
「怖がっているのだ、頭を撫でて落ち着かせて何が悪い」
「知らないおじさんに頭を撫でられる時ほど怖い事はありませんよ?」
そう言いながら万力のような力で腕を握りしめる。
痛みに顔が歪むが、それでも口喧嘩で負ける訳にはいかないのか、矯太郎の口は止まらない。
「俺はシャーリーの師匠だ、知らないおじさんではないぞ!」
「確かに貴方に師事するとなれば、性格に支障が出る可能性も否めませんね」
「その支障じゃぁない!」




