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30 探索の先に

「これが石灰?」

 ライフが不思議そうに横から覗いてきた。

「いや、これは岩塩だな」


「ガンエン?」

 小首を傾げるお下げ眼鏡っ娘の、飾らない表情にテンションが上がったのか、矯太郎は一気に捲し立てた。

「岩塩は海水の化石のようなものだ。太古の昔に海だった場所が陸地で囲われ、それが隆起したり土砂が覆いかぶさったりして、塩だけが残る事がある。なので海の近くでなくとも、時折こうやって塩の取れる場所が有ったりするんだ。この辺の野生動物は塩分不足になるとこの洞窟に塩を舐めに来るようだな」

 これで洞窟の周りにあった(おびただ)しい足跡にも合点がいったというところだろう。

 もちろんマナの濃さに、体を癒しにも来れるので一石二鳥という訳だ。


「こんな山の中に塩があるんですかぁ?」

 ライフがからかわれていると思ったのか、今度はジト目で矯太郎を見ている。


「うぐふ! その目、俺の心に突き刺さるぅうう!」

「博士よだれが出ていますよ」

「おっと、いかんいかん」


 思いもよらず謎の栄養を与えてしまったことに、ライフは苦笑いを隠せないようだが。

 矯太郎は先程折った小さな塩の柱を指で折って手渡した。

「本当かどうか食べてみると良いじゃないか」


 矯太郎としては醜態を晒してしまった汚名返上とばかりに、良い格好をして見たが。

「ええっ、岩をを口に入れるなんてバッチイですよ」

 と言って地面に捨てようとする。


「ライフ様、私のスキャニングによりますと、かなり純度の高い塩で間違いないようです、口に入れても問題はありません」

 メイはその一瞬で成分分析を終えたのだろう。

 ライフもその言葉を聞いて安心したのか、興味がわいたらしい。

 塩を摘まむと、口に運んでみた。


「しょっぱ! ……あっ、でも美味しい!」

「普通の塩と比べてまろやかで旨味があるだろう?」

 ライフは激しく首を縦に振っている。

 彼女は元々かなりの食いしん坊ではあったのだが、最近ではメイの作る料理により繊細な舌が養われたのだろう。


 ただしそれは日本食だからというものではない。 

 もちろん日本食というのは元々繊細な味付けを要求されるものも多いが、実際はそこが大きな差になるわけではない。


 例えば、水には硬水だとか軟水だとかある。そう認識している日本人は割と存在している。

 しかし、日本以外の国では、そういう言葉も、概念さえも無いことが多い。

 あんな味の少ないもの一つとってでも。

 硬いだとか柔らかいだとかを認識して、甘いだとか渋いだとか言って見せる。

 やたらとカテゴライズに細かい民族なのだ。

 ライフはその一端をメイの料理を通して学んだのだろう。


 岩塩を少し舐めては、普段の塩と何が違うのかを理解しようとしているようだ。


「しかし、こんなに近くに岩塩があって人も立ち入っているのに、未だにここが掘り出されていないのは不思議だな」

 左右を見ても上を見ても、果てしなく白い岩塩の洞窟。

 想像を絶する光景を見ながらも矯太郎は首をかしげる。

 

「岩が食べれるなんて思わなかったんじゃないですか?」

 ライフの意見ももっともだが、それだけが原因ではないかもしれない。


「ただ一つだけ言えるのは、ここは苔の洞窟ではないことは間違いなさそうだな」

 矯太郎がそう結論付けた所に、叫び声が木霊す!

「ぎゃぁぁぁぁあぁぁああ!(残響音含む)」


「この声はシャーリーさん!?」

 ライフが言う通り、それは洞窟のさらに奥から聞こえてきていた。

 曲がった先の洞窟の明かりさえ見えないところをみると、ここであーだこーだやっている矯太郎達を置いて、シャーリーは随分と先へ進んでいったのだろう。

 3人は顔を見合わせると声のする方へ駆け出した。


 進むと洞窟の奥がほんのり明るい。

「シャーリーちゃん! 大丈夫なの?」

 ライフの慈愛に満ちた声が反響すると、方向を悟ったのかシャーリーが叫びながら走ってきた。

 咄嗟に松明を放り出し、その体を受け止める矯太郎。

「何があったんだ!?」

 問いかけに、鼻水と涙でぐしゅぐしゅになったシャーリーは顔を上げて答えた。


「あのね、広い所にね、人がね……ううん石がいっぱいあって、洞窟の天井が開いてて、明るくて、人がいっぱいあったの!」

 何を言っているのかは検討が付かないが。

 幼稚園児が()()()をして、母親に言い訳をしている時のようなほっこり感を感じてしまう。

 そんな涙でぐしゅぐしゅの瞳を眼鏡越しに覗き込みながら、優しく体を支える矯太郎。

 

 縋りつくような上目使い!!

 涙も、鼻水までもが(とうと)い!

 

 軽くあちらの世界へ行っている矯太郎に、必死に説明するシャーリーの言葉を要約すると。

「この先の開けている場所に、気持ち悪い人型の石像がいっぱいあった」

 という事らしい。


「石像ですか……」

 メイも悩ましげに眉間にシワを寄せている。

 この先に有るものに危険がないかどうかを把握しかねているのだろう。

 

 矯太郎は腕を組んで思考をめぐらす。

 その顔にはいつもの、眼鏡娘を見て顔面が溶けそうなほどの気持ち悪い笑顔ではなく。

 知識欲を満たそうとするときの喜びのようなものが浮かんでいた。

 

 地下に石像が沢山ある場所と言えば、中国の兵馬俑(へいばよう)の様な古墳が思い出される。

 日本でも埴輪が有名だろう。

 この世界の住人が知らないとなると、一般的な常識の範疇からは外れるようだが、一部のカルト的な宗教団体の儀式に用いられる場所なのかもしれない。



 本来宗教などにはあまり興味がない矯太郎ではあったが、この場所に人が立ち入らない理由や、洞窟がほぼ手付かずでここに残っている理由に対しては、その限りではないようだ。


「俄然興味がわいてきたな」

 鼻息荒く、その洞窟の先を見つめたのだった。

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