親方、空からおっさんが!
「痛ててて」
土と鉄の味を感じながら矯太郎は目覚めた。
うつ伏せの状態からではここがどういう場所なのかを把握できない。
体の方には致命傷になるほどの傷は無いようだが、全身がズキズキと痛むのだろうか、あちこちを労わりながら、ようやく四つん這いの形になる。
「親方! 空からおっさんが!」
矯太郎の頭元で叫ぶ声と共に、数人の足音が近づいてくるのが分かる。
痛みに滲んだ涙でぼやけた視界に、いくつもの靴が入り込んだ。
「大丈夫かいおっさん」
「なんて所から落ちてきたんだよ」
がやがやとその靴の主が質問攻めにしているが、それに答えようとした矯太郎は激しくせき込んでしまう。
どうやら歯で口の中を切っているらしく、唾と共に血を吐き出すと、赤い糸が口から繋がって落ちていくだけで、言葉を発することが出来ない。
「ヒールでもいい、ポーションでもいい、誰かこの人を助けてあげて」
傍目から見ても随分と酷い状態に見えたのだろう。
悲痛な声があがっている。
それに反応したのか、一人の小柄な女性が野次馬の輪を縫って現れた。
「わっ。ずいぶんひどい怪我ですね……今治します」
体に当てた掌から、緑色の光が漏れる。
それは少女の声色と同じように、優しく温かい。
矯太郎は体が軽くなってゆくのを感じ、ようやく頭を上げることが出来た。
その目に入った彼女は、緑色の細い髪の中からとがった耳が見え隠れしていた。
矯太郎があののぞき穴から観察していた人間ではない種類。
エルフに違いない。
「さぁ、これで痛みは……」
一通りの治療が終わったのか、慈愛に満ちた声と共に緑髪をかき上げる。
うっすらと汗のようなものが流れたのは、この作業が彼女にとって集中力を必要とするものか、体力を必要とするものかどちらかだったのだろう。
「うぅうう……」
「まだ何処か痛みますか?」
だが、心配して覗き込むエルフの問いかけに対して、矯太郎は立ち上がり、大きな声で絶叫したのだった。
「うおぉおおお! 異世界キター!!」
男の突然の絶叫に、心配していた見物客も一歩後ずさり、中には「打ち所が悪かったのか?」等と邪推するものまでいたようだが。
四目矯太郎という人間はどんな場合でもマイペースであり、この状態が正常ともいえる。
「大丈夫です、この方はこれが通常運行ですから」
そんな矯太郎の背後、やや上方から、彼の異常さを肯定する者が現れた。
メイド服にエプロン。
青い髪につけられたフリフリのカチューシャ。
そう、メイドロボットのメイ。
着地の瞬間、足の辺りからジェットを逆噴射し、ふわりと着地をする。
「お騒がせしました、主人はわたくしがしっかりと管理いたしますので」
そういうと見事なカーテシーを披露して、回りを黙らせる。
「時に、このキチガ……ご主人様の傷を治していただいた、心優しき女性は貴女でございますか?」
メイは馬鹿丁寧に言葉を選びながら前に出ると、矯太郎にヒールを掛けた優しいエルフに質問した。
「傷ついた方がいらっしゃるのですから、当然の事をしたまでです」
エルフもなんだか丁寧にそれに返している。
「主人が礼をしたいと仰っています。お時間はございますか?」
「いえいえそんな滅相もございません」
両手を振って遠慮しているエルフはさて置き、矯太郎にとっても寝耳に水の話だ。
実際矯太郎は何も発言していない訳で。
「おい、メイ! 俺は礼をするなど一言も……ぐはぁ!」
反撃の言葉を遮り、メイの踵が矯太郎の脛を蹴り上げる。
金属で殴打される痛みに、折角立ち上がった矯太郎は、脛を抱えてしゃがみこんでしまった
しかもメイに至っては、自らのフリフリとした裾の広いスカートで巧妙にそれをごまかしている。
「ああなんてこと、まだ怪我が残っていたのですか?」
脛を押さえてのたうち回る主人に対して、わざとらしく驚いて心配する顔を作っている。
矯太郎本人も高性能に作りすぎてしまったと自分を呪う瞬間が時々あるが、今もまさにそうだろう。
「だが棒読みが過ぎる!」
ようやく痛みが薄れてきた事で突っ込む矯太郎と、しゃがんだメイとの目が合う。
「しかも先ほどお礼をしたいと言っていたのも忘れるなんて、記憶も混乱しているのでしょうか?」
どうやらメイは無理やりにでも矯太郎を従わせたいようで、屈んで同じ高さになった目には有無を言わさぬ迫力があった。
こういう時のメイは手段を選んだりはしない。
断ればもう一発顎に良いのを入れて、気絶したところを運ぶのだろう。
結果が同じになるのであればここは従っておく方がいい。