29洞窟の中へ
「ここが苔の洞窟か……」
ダンジョンというのはパワースポットか、神社みたいな認識だと、頭では理解していた矯太郎だったが。
どうしたことか、目の前に開いた大穴はその様相を呈していない。
辺りは鬱蒼と生い茂る草木やツタの影響で日差しがごく僅かしか届かず薄暗い。
洞窟に入る前から松明を焚く始末だ。
人間の足跡らしきものはちらほらあるのだが、野生動物などの足跡の方が圧倒的に多い。
誰かがごくりと唾を飲み込む音が聞こえた。
つまり、矯太郎がこの世界へ来る前に思い描いていたダンジョンそのものと言える光景が底には広がっていた。
「そう、ここが苔の洞窟! 私一度お姉ちゃんと一緒に来たから覚えているわ!」
えっへんとシャーリーが胸を張る。
薄っぺらい胸板は彼女がライフよりも年上だと感じさせない程に起伏がない。
だがそのどこから溢れ出てくるか分からない自信だけは、矯太郎をも超えるかもしれない。
「シャーリーさん、もう一度地図を確かめてみましょうよ」
探検隊の隊長を気取っているシャーリーが、自分が地図を持つと言って聞かないので持たせてあるが、それを広げていたのを見た事がない。
近隣の街で確認した立て看板とは違う方向に歩き始めると。
「こっちの方が近道だわ!」
と言って、皆の制止も振り切って歩いて行くし、放って置くわけにも行かずにたどり着いたのがここだ。
「私にも見せてくれませんか?」
メイが地図をスキャニングしようとするも、それに背を向けて地図を隠す。
まるで子供だ。
「えっと、ここが通ってきた道だから……」
などと一人で必死に地図を眺め、ようやく現在地を割り出したらしく。
「合ってる! やっぱり合ってるわ!」
などと根拠も語らずに、振り向きざまにいい笑顔で断言するのを、一同はもはや死んだ目で見つめるしかない。
「シャンディさんの苦悩も理解できました」
ため息と共に、ライフがその緑色の髪をガシガシと掻き回す。
ライフ・グリンベルという女性は、元々お人好しが過ぎるところがある。
ここまでの道のりも、その背丈の小さな赤髪の女の子の御守りをかって出ている状態だった。
やれ、食べ物を口にいれて喋るなだとか、スカートのまま草むらに分け入るなだとか。
その一言一句も、シャーリーの好奇心の前には馬の耳に念仏状態で、早くもノイローゼ気味になり始めているのではないだろうか。
そんなライフにこれ以上負担をかけまいとしたのか、メイが直接シャーリーへと話しかける。
「シャーリー様、ちゃんと苔の洞窟についたのですね?」
あからさまな不信と念押しだが、シャーリーの自信は崩れない。
「大丈夫。コカ? コケ? コケコッコ? 読めないけどなんかそんな感じでちゃんと書いてるから!」
「コケコッコの洞窟って何でしょう」
頬に人差し指を当て頭を傾げる青髪メイドと、矯太郎、ライフは不安げな視線を交わす。
そんな三人を置いて、シャーリーはくるりと洞窟の方を向いて。
「このジメっとした感じ、苔なんていくらでも生えてるに決まっているわ!」
等と高笑いまでしている始末。
「だとしても、コケしか合ってないんだが?」
矯太郎の嘆息にも、シャーリーは全く気にする様子はない。
「ぐずぐずしてる暇はないわ! 突撃あるのみよっ!」
「あっ!」
っという間にシャーリーは洞窟へ入ってゆく。
まさにその慣用句そのままの状況だ。
松明の揺らめきも暗闇に直ぐに飲み込まれて行く。
「追いかけるしかないか」
矯太郎はため息を一つ落としはしたが、その背中を追いかけ始める。
「てっきり私を盾に進むものと思っておりましたが……」
主人の背中を三歩下がった距離でメイが追従すると。
「わわっ、置いていかないでくださいよぉ」
と、ライフも取り残されるよりはマシだと思ったのか、それに続いた。
洞窟は大きく、天井は松明の明かりで辛うじて見える程度だった。
「ここは、雨水等で風化して出来上がった洞窟のようだな」
キーキーとコウモリらしい生き物の鳴き声が聞こえるのが不気味ではある。
実際その辺りは真っ黒であり、これがコウモリのフンであることは疑いようがない。
だが矯太郎の観察眼はそれ以外の部分にも注目して行く。
「大型の動物のフンも落ちているところを見ると、ここは人間だけじゃなく、その他の動物も訪れる場所のようだな」
マナが溢れる場所であることから、その効能を受けるために立ち寄るのかもしれないが、その洞窟の特徴から矯太郎はもう一つの可能性も頭に思い描きながら進んでゆく。
5分程進んだところで、洞窟の雰囲気が変わってきた。
入り口よりも生き物の気配が少なくなってきて、全体が狭くなってきた。
その近づいた壁も白っぽく変化し、松明の光が当たると岩肌が時折小さくきらめくのがわかる。
「ここは面白い場所だな」
矯太郎が一人言葉にすると、壁に反響して小さく木霊した。
「なんだか綺麗ですね」
ライフもやはり女の子か、それが岩だとしてもキラキラ光るものには興味がひかれるようだ。
「それだけではないぞ」
矯太郎は振り返ると、メイの肩越しにキョトンとしている眼鏡娘の目を見て解説を始める。
「こういう溶食型の洞窟というのは生成過程はいくつかあるが、大抵は石灰岩と呼ばれる雨に弱い石が溶けて穴が空くことが多いのだ! その際に溶けた石灰が雨水に混ざってポタポタと流れることで、石の柱……つまりは鍾乳石に変化するんだ」
矯太郎の解説を受け、ライフはその首を上下左右にくるくると回す。
「確かに、あちこちに細い管のような物がぶら下がってますね」
この辺まで進むと天井は4m程度となっていて、その上部からダラダラと鍾乳石が垂れ下がっているのがわかる。
コウモリ達もそれを避けるのを嫌がってか、天井には殆ど止まっていないようだった。
俺はその中の長く伸びた1本を、苔採集用に持参した小さなスコップで折る。
それを手元に持って行くと、松明の光に照らされて透き通るように白く光っていた。




