27この世界の旅
翌日。
矯太郎達はピクニック気分で苔の洞窟へと向かっていた。
異世界の移動といえば、徒歩か馬車が一般的だろう。
もちろんモンスター等が跋扈しており、街道を行くにも緊張感と不便さを感じるものだと覚悟していたのだが。
街から街は街道で繋がっており、8時間ほど歩けば次の街へと到着する。
そこではそういった観光客や旅行者向けの施設も多く存在しており、木賃宿を探すのも容易であった。
「野宿の一つくらい覚悟してたんだがな」
予想を裏切られた矯太郎は、三白眼を細めながら軽い失望感を感じているようだ。
「私たちのいた学園都市シグナールは、この国最大の都市ですからね、近隣の街もわりと賑わってるんですよ。もちろん辺境に行けばモンスターなんかも強いものがいますし、人間も安寧というわけではないんですけどね」
ライフが後ろから説明をしてくれる。
その顔がとても楽しそうに輝いているところを見ると、彼女もこの遠征で見聞きするものが新鮮に映っているのであろう。
「書物に残すほどではない一般的な知識は、やはり体感せねばわからないものですね」
涼やかな口調でメイの口から語られるのは、矯太郎の心情だろう。
矯太郎は巨大図書館の知識を脳にインプットしたことで、万能になったかというとそうではない。
わざわざ書物に書かれないものに関しては、本当にまるっと抜けているのだ。
実際、想定される往路の苦難を避けるために、必要そうな道具を大風呂敷で持ち出したにもかかわらず、その大半はガラクタと成り果て、メイの背中に背負われているのだった。
「鍋、寝袋、着火材、薪、日持ちする食材……博士は何処に行くつもりだったんでしょうか」
鼻で笑うこの言葉も、この旅で何度目だろうか。
そんないじりを意にも介さず、矯太郎は認識のズレを修正するために思考するのだ。
人間が栄えている場所は、モンスターにとっては危険な場所である筈だ。
やれ素材だ、やれ食材だと、潤沢な資源を持っているにも拘らず好戦的に襲ってくるのが人間という種族だからだ。
意味もなくその領域へ踏み入れて来ることはない。
迷ったか、やむを得ない理由があるときくらいだろう。
つまり人間が文明的に生活圏内を敷いて行けば、そこでモンスターに出会う事など殆どといという理屈だ。
「3日くらいは歩きますし、ベッドで寝れるなら体調も体力も回復できますし、良かったんじゃないですか?」
「そういうなら馬車を借りれば良かったのではないか?」
実際この中で最年長の矯太郎には3日間歩き続けるというのは苦行にも近かった。
ちょっとした不満も出るのも仕方がないだろうが。
「馬車にこの人数で乗っちゃうと、料金結構取られちゃうんですもん」
膨れっ面を見せながらライフは反論する。
馬車だと片道は1日で現地の近くまで行くことができる。
料金は一人あたり10000シグナール。
移動だけで小金貨1枚も取られるのだ。
しかしそれは目に見える出費。
実際は宿泊に一人5,000シグナールは掛かるので、歩いた方が多少高くつくようになっている。
もちろんそんな事くらい、聡明なライフ・グリンベルが気付いているという事は、矯太郎も承知の上だ。
結局のところ、街についたらそこのグルメを堪能し、観光地へ寄り、ゆっくり寝る。
苔の洞窟へ行くという名目の、いわゆる旅行なのだ。
もうすぐ到着するであろう3つ目の街を目の前に、ウキウキ気分を隠せないライフを見るのが幸せで口を挟まないだけだった。




