24ハイパー錬金術師
「ぎゃぁぁぁあああああ!」
途端シャーリーが悲鳴を上げる!
皮膚の下にある頭蓋骨を貫通し、針が側頭葉に食い込んだからだ。
「もう少し我慢するんだ! すぐに君はハイパー錬金術師になれるぶぁ!?」
シャーリーの肩を掴んで応援している矯太郎の頭頂部に激痛が走る。
年の割にはふさふさである髪の毛を、誰かが鷲掴みにして持ち上げているようだ。
まぁ、誰かと問うこともないだろうが。
「死刑判決が出ましたね」
それはメイの薄くも整った唇から、底冷えするような恐怖をまとった声色で放たれた。
しかし、矯太郎はそんなことで屈する男ではない。
「上告させてもらおうか!」
ぶらぶらと揺れながらもそれに対抗して不敵に笑って見せる。
「棄却します」
空いている方の手を手刀のようにし引き絞ると、謎の青い色のオーラを纏う。
その殺気にピリピリと空気が振動するかのようだった。
しかし、そこに一足遅く他のメンバーが到着した。
「今の叫び声はシャーリー!?」
血の気が引いた顔で飛び込んでくるシャンディに続き。
「メイさん、急に飛び出してどうしたんですか?」
普段はおっとりとしていて、走るイメージの無いライフまでが雪崩れ込んでくる。
「シャンディ様、ライフ様……ついにこの男が犯罪を犯したので、今から殺す所でございます」
青いオーラは消えたようだが、矯太郎の運動不足の薄い胸板を貫かんばかりに手刀は絞られたままだ。
「ちょっ、ダメですよ、メイさん! いつもの事じゃないですか!」
そういいながら必死でその腕にしがみつくライフ。
まぁ、この世界に来て、矯太郎が何度女性に悲鳴を上げさせたかを考えれば、ライフの認識が歪んでいるのも理解できるというものだが。
そういうことを知らないシャンディからすれば、身内の悲鳴と、死刑宣告から、どれ程の酷いことをこの男が妹にしでかしたかと思うだろう。
だが彼女がそれを観察するに、妹には服の乱れも、外傷も見当たらない。
「えっと、キョータローさんでしたっけ……貴方妹に何かしたんですか?」
ぶらぶらと揺れる矯太郎を警戒しながらも、シャンディは問う他に無かった。
「俺はおしゃれアイテムをあげただけだが?」
悪びれる様子も無くそう言い放つ矯太郎だったが、メイの手により一層の力が入るのがわかる。
ライフもようやくその言葉に、自分が二年前に通った道だと理解して、口の端がヒクついた。
「とりあえず、シャーリーも無事なようだし、下ろしてあげてくださいよメイさん」
事情を把握していないからこそ、シャンディは話を聞くためにそう言うのだ。
まぁ流石に50歳のおじさんが宙ぶらりんになっているのを見るに見かねたのだろうが。
「……シャンディ様がそうおっしゃるのであれば」
渋々という表現そのまま、少し矯太郎を睨み付けつつ地面に下ろすメイ。
その間にシャンディはしゃがみこみ、放心して座り込んでいる妹の肩を軽く揺する。
同時に、送れて来たベルガと、赤子を抱えたヤーゲンも到着して、息を呑んでシャーリーの反応を見つめるのだった。
肩を揺すられたことで正気に戻ったシャーリーの視線が、姉と交わった瞬間。
弾かれたように立ち上がり叫ぶのだった。
「ハイパー錬金術師に、私はなる!」
拳を高く天に掲げながら宣言をする150cmの小柄な女の子の迫力に、たじろぐ一般人。
軽く正気を疑っているようだが。
常に正気ではない人物は、ここが自分の出番だとばかりに、高笑いを始めるのだった。
そして、白衣を翻すと、彼なりに格好良いと思うポーズを取る。
右足を曲げ、左足は真っ直ぐに伸ばしたまま重心を右に傾けると、額に右手、左手は天高く指差すように。
イメージが湧かなかったら、実際にやってみても良いかもしれない。
説明している私は全く格好良いとは思えないが。
そして顔をシャンディに向け語る。
「説明しよう! その顔に装着された神の作りし最高の芸術は、シャーリー殿の魅力を最大限に引き出している! つり目に赤い髪な彼女は、一見して強い印象を持たれるが、そこにセルフレームの大きめ黒縁眼鏡を装着することで柔らかさを演出。ギャップ萌えも狙っている。そのついでに錬金術の教本を直接脳に送り込む機能まで付いた、俺の最高の発明なのだ!」
ポーズを維持したまま一気に捲し立てた。
皆が感動に打ち震え、言葉を発せない時間が過ぎいていると矯太郎は思っているに違いないが。
「皆様は理解を放棄されただけです」
メイだけは的確に状況把握が出来ていた。
とりあえず慣れていない方々は、ポーズを取ったままの矯太郎から距離を取るように動いている。
そんな中でも赤いサイドテールの女の子は嬉しげな言葉を発していた。
「今まで何度聞いても良く分からなかった錬金術の手順が、全部わかるようになってる……こうしちゃいられない!」
シャーリーはそのウキウキが止められないかのように、意気揚々と机の引き出しの中からいくつかの素材を取り出した。
そしてそれを無造作に錬金釜に放り込むとゆっくり混ぜ始める。
そんな突然の行動に、姉は生唾を飲み込んでいた。
今まで散々失敗を繰り返してきた妹だ。
錬金術と称して適当な調合を繰り返し、火災や爆発を起こしてみたり、毒ガスを撒いてみたりと散々な思いをしてきたのだ。
そんな妹が、手際よく薬を作成している。
しかも、正しい手順でだ。
皆が固唾を飲むなか、割と初期の調合なのか30秒ほどで出来上がった薬を、錬金窯を傾けて容器に零すと、それを姉の前に持ってゆく。
「ポムポム薬よ」
片方の手を腰に添えて、自慢げに差し出した容器を姉は受けとる。
「材料で分かったわ……」
シャンディは受け取ったその器の中の薬を、地面に一滴落とした。
薬は地面に着くと、ポンっと軽い音を立てて破裂した。
「ちゃんと成功してる」
信じられないものを見てしまったという顔のまま、固まってしまったシャンディだった。




