表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/38

21憧れの崩壊

 矯太郎達が学院へ行って少ししたころ、ベルガが倒れた。

 全身から汗を吹き出し、胸の辺りを強く押さえ、会話が出来るレベルですらなかったという。

 急いで治療院へ駆け込んだが、どうやら肺の病であろうという診察がくだった。

 その苦しみようから一刻を争う事態であったためか、その診断にどれだけの信憑性があるかは甚だ疑問ではあったようだが、口を出せるような雰囲気ではなかったそうだ。

 その部位にヒーリングを掛けてもらう事で何とか収まった。

 ただし完治したわけではなく、それからも沢山動くと胸が苦しくなって、時折血痰を吐くこともあるという。


「その後も何度かお願いしたのですが、蛇の吐息だと言われるのです」

「蛇の吐息ですか?」

「呼吸音に紛れて、蛇の威嚇の音が混じる病気で、喉や肺の慢性的な炎症が原因とされています」


 メイの疑問にすかさずライフが補足説明を入れる。

 もちろんこの世界の呼び名など、メイのデータベースには無い情報だったようだが、矯太郎は学園生活をボッチで過ごした際に、現代医学とこの世界の治療学の共通点について調べていた。


「それは、喘息(ぜんそく)だな」

 確かにライフの言っている事と辻褄が合う。

 体を動かした際に発症しやすいというのも間違いはないだろう。

 しかし通常のものとは何がか違うと感じた矯太郎は、老体へ向き直ると目線を合わせて尋ねた。


「ベルガ殿。倒れたとお聞きしましたが、どの辺が苦しかったのですか?」

「この辺じゃな」

 老婆は思い出すというよりも、その痛みは忘れるわけがないといった風に顔をしかめながら、自分の胸の真ん中を指した。


「蛇の吐息から、肺の炎症を引き起こすことはわりと多いですよ」

 ライフはそう感じたのだろう。

 町の治療院もやはり同じように診断している。


「俺もそうだと思って、炎症を抑える薬と、喉を開く薬を処方してるんだが」

 経験則からか、ヤーゲンもそれについて対応を取っていたようだが。


「今回はどうやら()()()の喘息のようだな」

 矯太郎が語る初めて聞く言葉にライフまでもが首をかしげた。


 どうやらベルガは心臓発作で倒れたのだ。

 運よく持ち直したが、その時の心不全が今でも尾を引いているのだろう。


「単純に喉や肺を治療するだけでは、この症状は治まらないだろうな」


 そしてもう一つ、この世界の治療術は万能ではない。

 ライフが震える声でそれを言葉にする。

「だったら……私でも治せないですよ」

 知識を得て、学校すら卒業したとしても、限界というものがある。

 いや、自分の出来る事を把握した今だからこそ、はっきりと出来ることと出来ないことがわかってしまう。

 無闇な希望すら得られないのだろう。


 治療術は何も魔法ではない。

 魔力を使いはするが、外科手術と似たようなものだ。


 例えば切り傷であれば、まず割れた皮膚を魔力の糊でくっつける。

 そしてその部分の再生速度を速めるという具合だ。

 なので例えば、折れた骨を元の位置に戻さずに治癒してしまえば、曲がったままくっついたりしてしまう。


 今回の件では心不全を起こして日がたっている事や、ベルガさんが高齢という事、元々の心臓が衰えているのも考慮すると、治癒師がそれをどうこう出来るものでは無さそうだ。


 お手上げ。

 その状況が重い沈黙をその場に落とす。


「まぁいいさ、私は十分に長生きしたからね」

 それを打ち破るように放たれたベルガ本人の言葉も、完全にその雰囲気を払しょくする事は出来なかった。


 しかし希望の光を探し続けるものがいる。

 もちろんそれが矯太郎という男だ。


 確かに、治癒師としての知見であれば、それを回復する術などは見つけられないだろう。

 だがライフとは違って、矯太郎に治癒師以外の知識も蓄えられているのだから。


 物事はひとつの方向から光を当てても、その本質を理解することが出来ないように。

 沢山の方向から見て考えることによって、新たな突破口が開かれるものだ。


 科学者というのはいつもそうやって考える。

 無駄になる知識などはない。


 誰もが思いもよらなかった物を作り出す人間ほど、2つ以上のジャンルのプロフェッショナルだったりするものだ。



 そしてもう一人。

 全く別の意味で希望を探すものがいる。


 それは全知を目指す矯太郎とは全く違う。

 むしろ正反対からのアプローチ。


 知らないからこその希望。


 シャンディの妹である、シャーリーはそういう人間だった。

 エビデンスや理論を盾に出来るか出来ないかを考えるのではなく、出来るになるために何をすれば良いかの模索をやめない。


 まるでおとぎ話か、夢のような曖昧な希望を追いかけて、問題を解決しようとしている人間だ。

 その熱心さが、なにかを変えることもある。


「シャーリィちゃん、あのままで大丈夫なんでしょうか?」

 ライフにとっては八方塞がりな状況だというのに、がむしゃらに向かって行く彼女を心配しているようだ。

 緑の目を奥の部屋の方に向ける。


「意固地になっている雰囲気でしたが、シャーリィ様にも何か思いがあるのでしょうか?」

 メイが話を繋げると、シャンディとヤーゲンは一度お互いに目を合わせてから語りはじめた───。


 シャンディは自分の子を身籠った時から、錬金術の勉強を辞めてしまっていた。

 もちろん身重で無理をさせれないというのはあるが、子供が生まれた後だとしても、自分で素材を取りに行かなくてはならない場合、危険な事もあるからだ。

 素材はダンジョンの中だけでなく、高山の崖や、魔物のうごめく森の中にもある。

 市場に並ぶ素材ももちろんあるため、それを全部自分で賄わなければいけないわけではないのだが、素材の鮮度や育成状況など、本人の目で確認しなければならないものや、その場で錬金術的な処理をする必要があるものだって含まれているのだから。


 そういう危険な場所を避けては錬金術の研究は続けることが出来ない。


 もちろんその辺で手に入る簡単な素材を使ったポーションなどを作成する仕事はあるのだが、出来上がった品物は高くつくために、一般市場では捌きにくいのが現状だ。

 一緒にいるヤーゲンのような薬師が作る薬のほうが、効果は薄いが安く買える分庶民には手が届きやすいという状態だ。


 それにこれは本人は語らなかったのだが、シャンディが錬金術師を目指した本当の理由は、ヤーゲンが薬剤師だったことに起因していた。

 幼馴染みである彼の助けになるよう、勉強をしていたシャンディだったが、突然沸いて出てきたライフの母に当たる女性に想い人をとられた形になってしまった事で火が付き。

 錬金術にのめり込み、いつかその女性よりも自分の方が素晴らしい才能の持ち主だと思わせたいという負けん気の強さに由来したものだった。


 しかし、いまやそのライバルはこの世におらず、そのうえ棚ぼた式に好きな人との子供まで出来てしまったのだから。

 錬金術を極めたいという強い気持ちも薄まってしまい、目の前の大切な命を育てる事に気持ちが向かってしまっているだけなのだった。

 それは至極当然の気持ちの変化だったし、シャンディ本人も全く後悔などはしていない。


 とはいえそんな本心など理解してないシャーリーはそれが気にくわなかった。

 ヤーゲンが現れたことで、姉の人生が狂わされたと感じたのかもしれないし、姉という理想像が崩れたことでショックを受けたのかもしれない。


 それでも幻想の姉の背中を追いかけて勉強してきた彼女は錬金術を止めるわけにはいかない。

 むしろ同時期にベルガが倒れた事もあり、祖母の病気を治すという目的のために、さらに錬金術に傾倒していったのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ