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17皆が喜ぶ計画?

 そして瞬く間に3か月程過ぎた頃。

 治療院の売り上げは落ち始めていた。


「この辺の爺婆の腰は殆ど治ってしまったようだな」

 空き時間が出てきた診療所の中心で、腕を組んで仁王立ちの矯太郎が唸る。

 


 実際、食材を買いに行く通りのご老体が、みんなして若返ったようにシャキシャキ仕事をし始めるもんだから、町の人は(いぶか)しがっているそうだ。

 

 いっそ今後囁かれるであろう、都市伝説か七不思議か。

 やはりそうなると興味を持つ者もいて、その中の誰かがその様子を観察しはじめたことで、老人がこの店舗に入るのを見かけたなどという噂もチラホラ出始めていた。

 一応ベルガの婆さんが。

「ヤーゲンの新しい薬が良く効いている」

 等とごまかしてくれてはいるが、真相が暴かれるのは時間の問題だろう。


「まぁそろそろ潮時ということだ」

 矯太郎の頭のなかだけで完結した結果を、治療院の真ん中で腕組みをしながら呟く。

「あのぉヨツメさん、邪魔なんで奥にいっててもらっていいですか?」

 ずいぶんと彼の奇行に慣れてきたライフである。


 そんなこんなで、通院治療の最後のお爺さんを見送った後、矯太郎は話があると切り出して、この家の住人を呼び出すのであった。


 いつも4人で囲むのが当たり前になりつつある食卓で、顔を突き合わせる。

 ライフもはじめは慣れない関係に少し戸惑うこともあっただろうし、時折楽しい会話の中に母の影を見つけて暗くなる事もあったが。

 やはり人が増えれば楽しい事も増えるのか、最近では異世界転移してきた二人とも、家族のように接するようになってきている。

 その矯太郎が、いやに真面目な顔をして向かい側に座っているさまに、なんとなく背筋が延びる感覚がした。


  

「どうしたんだヨツメさん、改まって」

 本来のここの主であるヤーゲン・グリンベルが切り出した。

 そういう彼の風貌は俺たちがここに来た時のヨレヨレではなく、仕立ての良いジャケットを素肌に着用し、高そうな金属で作られたネックレスや、腕輪などをはめている。

 あまつさえ日サロなんて無い筈だが肌を茶色に焼いており、金で闇落ちしたダークエルフが完成したのかと思ったほどだ。

 ヤーゲンにとっての成金ルックはこういう感じなのかと品性を疑わざるをえない。

 

 それに、こういうところから秘密がバレるんだよなぁと矯太郎は思うが、まぁ今回はその話ではなかった。

 矯太郎は意を決し、椅子を引き横にずらすと、床に正座をしたのだった。

 そして開口。

 

「ライフ殿を俺にくれ!!」


 何を言い出すかと思えば、まさかの発言に誰もが一瞬固まったが、いち早く復帰した父親が叫び声で返す。

「な、な、なんだとぉ!!」

 ヤーゲンは立ち上がって怒ろうとしたが、相手がこのバブルをもたらしてくれた事を思い出したのか、おろおろとするばかりだった。


「ちょっと待ってください、私の気持ちは無視ですか?」

 そこにライフも驚きながら抗議してくる。

 立ち上がることは無かったが、緑色の瞳をしばたかせ、手は所在無くうろうろさせるばかりだ。


「ずっとではない、ほんの2年間だけだ」

 矯太郎はライフの目を見て真剣に嘆願する。

「2年だけの関係ってどういう……」


 更に謎の期限つきに、こんがらがる状況。

 どう返答して良いものかと思案していたが、そんなことがバカらしくなるような発言を、矯太郎は被せてくるのだった。


「俺と同級生になってくれぇ!!」

 

 正座からそのままきれいな土下座。

 相手は16歳の女の子、矯太郎は50歳になるおっさん。

 同級生などというシチュエーションなどあり得ない。

 だがそれを可能にする方法が一つだけあるわけだ。


「俺と一緒に、シグナール魔導学園に通ってくれ!」


「ええっ!?」

 親子がその言葉を最後に絶句しているのを良いことに、次々と話を進める。


「この数か月で2人分の学費は貯まっている。このまま無免許で営業を続けていても、いずれこの国の法律に引っかかる。そしたら二度と治癒師の資格は取れなくなるかもしれない。今が潮時だ。そして新しいライフ殿の人生の転換期に入ったのだ!」

 矯太郎は土下座からの熱弁で興奮し、最後には立ち上がっていた。

 それを座って驚く二人が見上げている。


「補足説明ですが……この2か月の収支として、収入が大金貨248枚。しわしわの老人からだいぶ搾り取れましたね。そして支出が25枚、一般的なご家庭と比べるとかなり散財していますが、十分に2人分の学費大金貨210枚が捻出されています」


 実際は入学金に大金貨50枚。

 その他諸経費に5枚。

 一年間の学費が25枚という事だ。

 2年制の学校なのでなんとか間に合った感じだろうか。


 しかし、こうやって数字をハキハキと喋っているメイはまるで有能な秘書のようだ。

「なぜそこに眼鏡がない……」

 と口惜しさが溢れてしまうのも仕方ないかもしれない。


 もちろんその呟きは聞こえているハズだが、スルースキルがカンストしているメイは話を続ける。


「また、学校は寮生活になりますが、当面の生活費として更に5枚づつ。こちらは私が管理して、随時お二人にはお渡しします」


 テキパキと話を進めて行く異世界コンビに、ようやく我に返ったヤーゲンが声を上げる。

「ちょっとまった! 勝手に娘の人生を左右するような話を進めないでくれ! 同じ家に住んでいるとはいえ君たちは他人だろう?」

 さすが大人だ。

 状況を把握し、理路整然(りろせいぜん)と自分達の立場を主張する。


 しかし、狂人矯太郎にはその程度の流れは無効だ。 

「では先に俺とライフ殿が結婚すればいいのか。お義父さんが言うのなら仕方ないなぁ」

 等とニヤニヤしながら引っ掻きまわしてくる。

  

「話がややこしくなるので黙っててください」

 スッと創造主の隣に寄るメイにより、狂人の腹にボディーブローが叩き込まれる。

「キドニー!」

 悲痛な叫び声と共に転げまわる矯太郎を差し置いて話を進めるようだ。


「確かにその件に関しては他人の私よりも家族の問題です。しかし家族の問題より尊重されるべきは本人の意思ではございませんか?」

 矯太郎へのボディーブローと同じように的確な言葉を放つメイ。

 ぐうの音も出ないヤーゲンは、未だ呆けているライフの方へ向き直る。


「お前はどうしたい、お父さんを置いて寮に入りたいのか?」

「問題はそこではございません」

 メイの突っ込みは矯太郎以外にも切れ切れだ。


 少しの間を置いて、ライフがその桜色の薄い唇を動かす。


「本当、夢じゃないんだよね? 私が魔導学園に行けるなんて……お母さんと同じ道を歩けるなんて……」

 自然と口角が上がり、口がもちょもちょと嬉しさとの葛藤を表している。

 ぷっくりした頬に赤味が差せば、ここにいる全員が彼女が嬉しさにうち震えているのを理解できた。

 

「お嬢さんは乗り気の様ですね」

 したり顔のメイに、困惑するヤーゲン。

 それでもまだ娘と離れるのが寂しいからか、納得がいかない顔をしており、次の否定材料を探しているように見える。

 実際、ここで親としての権威を発動させられてしまえば、折角のライフの意思も無駄になるかもしれない。

 

 だがこういう時こそ、底意地の悪いメイは策略を用意している。

 矯太郎のアイコンタクトを受け、メイは語り始めた。


「魔導学園に入学されるのはヨツメ様もご一緒になります。居候の身で長らくお邪魔をしておりましたが、これで気を遣う相手もいなくなるというのも利点でございますよ」


 その言葉にヤーゲンはハッとした。

 そしてこれからの生活を想像して顔が緩む。

 矯太郎と娘が居なくなることで残るのはメイとヤーゲンの二人きり……それが2年も続くのであれば、お互い大人の男女の関係だ、もしかしたら……と。

 こんなのメイでなくとも手に取るようにわかる。


 とはいえ娘の前ではそんな顔を見せる事は出来ないだろう。

 顔をきりっと整え、ライフの目を見てこう言った。


「治癒師になるのはお前の夢だろう? お父さんはそれを応援したい! なぁに2年間なんてすぐだ。安心して行っておいで」

 それはそれは清々しい顔で言う。


 またもや言質取ったりだ。


「お父さん……」

 ライフはその言葉に感動までして涙を流している。

 その背景にある、大人らしい打算など彼女には見えていないのだろう。


「それでは円満に解決いたしましたね。早速転入手続きを進めて参りますので、来週には新学期からの編入が可能になるでしょう」

 更に話を進めるメイに、反論する者はもういない。


 だがヤーゲンは知らない。

 これから行く学校はお金持ちしか入学できない場所だ。

 当然クラスメイトは貴族や王族に連なる者がほとんどであろう。

 つまり、校則にこうある。

「1名までであれば従者や奴隷を随伴することが出来る」と。


 ライフ達が学校に入ったあとに残るのは、ヤーゲン一人。


 彼がそれに気づいた時には、娘への応援の言葉を翻すわけにはいかない段になっているだろう。


 メイ、恐ろしい子!

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