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17ぼろ儲け?

 それからの治療院はこっそりと繁盛していた。

 入れ替わり立ち代わりに近所のご老体が現れては、すっきりした顔をして出て行く。


「さすがベルガの婆さんだ。長年商売をやっているだけあって人脈が広い」

 

 ヤーゲンもほくほく顔を隠せていない。


「しかし、地獄猫の治療代はまた、こんなにも法外な物とは」

 矯太郎は経理を担当するメイの横から請求書を覗き見て嘆息する。


 国家ごとに定められた金貨で、ここではシグナールという貨幣が用いられている。

 金銀銅で作られた貨幣と、それらの一回り小さい貨幣の合計6種類。

 種類の数は現代日本と同じだが、5円に当たる貨幣がない。


 小銅貨10枚で大銅貨。

 大銅貨10枚で小銀貨。

 小銀貨10枚で大銀貨といった具合だ。

 分かり易いっちゃ分かり易いのだが……。

 この計算方法だと、最高額がかなり大きくなってしまう。


「これ一枚で10万シグナールか……」

 その中でもひときわ輝く大きな金貨を手に取った矯太郎。

 そこには多分偉い人の肖像が描かれ、草や花の緻密な彫刻がされている。

 一目で最高額の貨幣であるという威厳のようなものまで感じる気がする。


 その金貨が一日に二、三枚のペースで溜まってゆくのだから、もう笑うしかない。

 実際現代日本で言うところの『円』と相場は近しいようで、大銀貨一枚……つまり1000シグナールを持ってゆけば、定食が食べれるくらいの金額だ。


「母さんの時でもこんなに稼ぐことはなかったぞ」

 閉店後、ライフの背中を上機嫌に叩くヤーゲン。

 しかし、稼ぎ頭であるライフ・グリンベルは、背中を叩かれた拍子にふらりとよろめく程に憔悴しきっているようだ。


「皆様お待たせしました、夕食ですよ」

 メイのその声に、とがったエルフ耳をぴくっとさせたライフは、さっきまでのよたよたした動きとは別人のように椅子に直行し、フォークとナイフを両手に構えている。


「ライフ殿は食事に目がないな」

 遅れて矯太郎が席に座りながらそう言うと、ライフは抗議するように口を尖らした。

「魔法を使うと恐ろしくお腹が減るんですっ!」


 実際彼女は、開店から10時、12時、15時と数時間おきには何かを口に入れている。

 それでもお腹が減るというのだから、魔法とカロリーの消費量についての関係性も疑うべきかもしれないなと矯太郎は見ているようだ。


 そんな事はどうでもいいとばかりに、今か今かと待ち構えるライフの前には、いくつもの料理が並べられてゆく。

 鶏肉を揚げたものや、生魚のカルパッチョサラダ、チーズを乗せたパンに、オムライス。

 どうやら家計が潤った事で食事も豪華になったようだ。

 それでなくても、最近のライフは良く食べるため、かなりの量が提供されている。


 そのラインナップを見ていて矯太郎は気づいたことがあった。

 ここの世界の住人は生魚や米も食べるのだということ。

 現代でも日本以外の国では抵抗があるものが居ると聞くのに。


「生魚を食べるのに抵抗などはないのか?」

 席に着いたヤーゲンにそう問いかけると、少し苦笑を交えて答えた。


「その辺で捕れた物を食べるのは抵抗がありますが、こちらは養殖された物なので問題はありませんよ」

 どうやら矯太郎がそういうものに忌避感を持っていると勘違いしたのだろう。

 安心なんだよとジェスチャーして、一切れ取って口に運んで見せようとする。

 だが、それをライフが叩き落とした。


「まだ、いただきますをしていないでしょう?」

 目が血走っているところを見ると、この中で一番食べたいのに我慢しているのはライフなのだろう。


「私の事はお構いなく、暖かいうちにお召し上がりください」

 メイの言葉に反応してライフは口早に唱えた。

「いただきます!」

 瞬間フォークを振り回し、あれやこれやの食材を取り皿に盛ると、一気にがっつき始めた。


 どうやらメイがまだ調理している事を気にして、待っていたのだろう。律儀な子だ。

 ちなみに「いただきます」は矯太郎のやっているのを、ライフが勝手に真似をしている。

 彼女にとってその言葉は、感謝の気持ちの表れだとか、神道の教えだとかそういう物ではなく。

 一種の「ヨーイドン」的な響きに映っているのだろうが。


 その様子をほほえましく見守りながらヤーゲンと矯太郎はマイペースで箸を進める。

「ヤーゲン殿、この米は昔から食べられているのですか?」

 矯太郎の質問に少し困惑したようだが、どこか思い出したような素振りで答えを返す。


「はい、割と昔から食べられているのですが、一説ではこの世界の外側からもたらされた、奇跡の穀物だと言われていますね」

 この世界の外側?

 矯太郎にも一瞬意味深な言葉に聞こえたが、もしかしたら昔から彼らのような転移者がここには何人も来たのかもしれないのだ。

 とはいえ、眼鏡を開発している程度の実験で偶然開くくらいなのだから、割とガバガバなんだろうなと納得もできるか。


 その一人が、養殖の仕方や生魚の味をこの世界の人間に伝えたのだろう。

 人の一生にしては小さな貢献だが、グッジョブだぞ過去の人。

 矯太郎は心の中で親指を立てながら、カルパッチョに舌鼓を打った。


────食事の殆どをライフが平らげた事で、夕食はお開きになった。

 心なしかライフの顔には艶とハリが出ており、その少し下膨れな顔も相まって仏様のような様相を呈しているのが何ともほほえましい。


 そんなライフも少しお腹が落ち着いたのか、湯あみをすると言って奥の部屋へと移動していった。

 ヤーゲンもこのところの盛況が嬉しいのか、自分で売り上げを計算すると言って、店舗のカウンターへと行ってしまった。

 後片付けを早々に済ませたメイが、食卓に一人残された矯太郎の背中に小さくこぼす。


「計画は順調なようですね」

 何の前触れもなくそんなことを口にするメイ。

「ああ、このまま無免許医師を続ける訳にはいかないからな」

 矯太郎も概要を説明するわけでもなくそれに答える。


「あの親子に説明は要りませんか?」

「その時になってみなけりゃ、うまく事が運ぶかもわからんからな、二人は知らない方が都合がいい」

「入ったお金をいざ手放すとなればヤーゲン様も渋るかもしれませんし」

「ライフだって自分にそんな大金を使うと言ったら遠慮するかもしれないからな」


 彼らが荒稼ぎをしているのは、いずれライフに治癒師の国家資格を取らせるためだった。

 今のままではいずれ噂が広がってしまい、彼女の夢の妨げになるかもしれない。

 知識はすでに詰め込んであるから、成績はトップで簡単に卒業できるに違いないのだ、学校に入りさえすればあとはどうとでもなるだろう。


 それと矯太郎はメイにも言っていないもう一つの計画を考えていた。

 まぁ、既にバレているかもしれないのだが。

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