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16悪い大人

「それって法に反してますよ……ね?」

 

 流石に看過(かんか)できなかったということか、ライフが不安げに質問してくる。

 矯太郎もこの世界の理に詳しい訳では無かったが、それでも無免許医師の様な行動は違法なのだろうという事は何となくわかるものだ。


「学校に通って資格を取れないのであれば、どっちにしろライフ殿のその知識は宝の持ち腐れだ。せめて顔を知っているこの辺りの方だけでも、お役に立てるというのは悪い事かな?」


「それとこれとは違います!」

 ふわっとした雰囲気からは少し想像しにくいが、正しい事を正しいと言える芯を持っている事に、大人である矯太郎は内心唸った。

 大人だからこそ、そこに打算などが生まれたり、汚い事も少しは良いだろうと思ってしまうものかもしれない。

 ライフ・グリンベルという女性はとても純真な生き物であるという事に、軽い感動すら覚える。


 しかし、やはり矯太郎は汚い大人なのであった。


「ところで、俺が道で倒れていた時に使用したのは、簡単なものだとは言っていたが、治療術の一種なんじゃないか? だったらその時点でライフ殿はもぐりの治療行為を行ってしまったわけだ」


「なっ!」


 矯太郎も自分が治してもらったくせにいけしゃぁしゃぁとよく言えたものだが。

 彼はある思い付きの為に、どうしてもここでライフを説き伏せておきたいと考えていたのだった。


「それに、君を孫の様に可愛がっていたベルガ殿が、腰が痛い痛いと泣いてるんだよ。ライフ殿にはそれを治す力があるのに、なにもやってあげないのか?」

 矯太郎はアイコンタクトをベルガへと送った。

 何かを察した老婆は、腰をかがめると。

「あ痛たたた! 腰が、痛いのう」

 などと(うめ)きだす始末。


 あからさますぎるその痛がり様にライフはため息をついた。

 完全に子供だから丸め込みに来たぞっていうのが伝わっているようだが。

 大人はそういう生き物だ。


「ベルガ殿、ここであった事は他言無用ですよ」

「あ痛たた、分かってるわい、ライフちゃんの不利になる事をワシがするわけないじゃろう」


 三文芝居を打った二人は、同時にライフの顔を伺う。

 そういう所がまさに子供だましと言えるだろう。


「もういいです! とりあえずベルガ婆ちゃんだけでも治療してみますから!」


 子供扱いされたことに少し腹を立てた様子ではあるが、それでも目の前の老婆の腰の状況を一番知っているのはライフ本人なのだ。

 こうやって芝居をしている時も、うまく行ったと笑っている時も、その痛みは老婆を襲っている事を理解しているから。


「お金のことは今はいいです、とりあえず、私の出来る限りやってみます」


 それからライフはベルガを寝台にうつ伏せに寝かせると、手をその患部に当てた。

 もう一度状況を確かめると、もったいぶったようにゆっくりと何かを呟く。

 途端、手は緑色に光り輝きはじめた。

 少し離れていても、その光には暖かさを感じる。


「それはヒールではないのか?」

 この現象を矯太郎はこの世界で2度経験した。

 一度はこの世界に着いた時、もう一度は彼女に眼鏡を掛けてメイに蹴られたときだ。

 その記憶では、同じものの様に感じていた。

  

 だが、それにしてはライフの眉間には皺が寄っていて、少し汗もかいている。


「──ごめんなさい、かなり集中力が要るので、話しかけられると困ります」

 彼女が真剣にそう言ったので、矯太郎はすごすごと生活空間の方へと足を運ぶしかなかった。

 所詮ノートを一度読んだ程度で理解できるような内容ではなかったのだ。


 そんな惨めな男をメイは鼻で笑う。

「1点減点ですね」

「何のだ」

「ライフ様を嫁に貰う計画のです」


 矯太郎はそういう計画を立てた覚えも、ポイント制にした覚えもなかったが、これもメイの人間観察の延長線上で、こういう趣向を凝らしたりするのだ。 

 矯太郎も割とこういうのは嫌いではないし、目の前で一生懸命にお仕事をしている眼鏡っ娘が自分の嫁になってくれるならもちろん嬉しくないわけがない訳で。

 とりあえず乗る事にした。


「……今、何点だ?」 

「マイナス140点です」

「絶望的じゃないか!」


 いつも通りではあるが、メイは厳しい。

 あくまでライフの邪魔にならないようにヒソヒソ喧嘩をしている途中、矯太郎は何かに気づく。

 それはメイの目線。


「お前今何をやっているか見えているな?」

「はい、私のエックス線透視モードで丸見えでございます」

「自分で作っててなんだが、そのハイスペックさに驚いてしまうよ。ああ、俺が怖い」


 そんな自画自賛すら華麗にスルーしながら、目線を治療中の手元にフォーカスしているメイ。


「ライフ様は神経を圧迫しているはみ出した髄核と神経との間に、何らかの魔法的物質を生成し、髄核を椎間板の中に押し戻しているようです。その時に出る強烈な痛みをヒールで断続的に癒しながらですが」

「そんな繊細な作業をしているのか」


 そりゃぁ、隣で騒いでりゃ怒られるわけだ。

 魔法的要素の部分がまだ理解できていない為、矯太郎には何をやっているかも分からないが、その二つが融合するとこういった外部からの処置で治せる病気もあるってことになる。

 現代医学には無いアプローチで治療するとなると、現代では治らなかった病気も治る事もあるかもしれないし、切らない手術の幅も増えるだろう。


「この調子では一回でどうにかなるものではなさそうですが、いずれは元に戻りますでしょう、そのあとは定期的な通院だけで改善が見られそうです」

 それを理解できるメイも、人間業じゃない。

 人間ではないのだけど。


 と、高尚な話をしているにもかかわらず。

 矯太郎は酷く低俗な事も同時に考えていた。


「ところでそのエックス線透視ってのは服も透けるのか?」

「ええ調整次第ではそのような事も可能です」

「……」

「今とてもエッチな事を考えましたね。ライフ様の裸など見ても同期させませんのであしからず」

「俺は何も言っていないだろうが!」

「あとでこの事はライフ様に報告させて頂きます。5点減点です」

「事実無根だ!」


 矯太郎の名誉のために言っておくが。

 聞いてみただけであり、想像などはしていない。


 などと喧嘩をしていると、下膨れ気味の白い頬っぺたを赤くしながら、腰に手を当てたライフがこっちを向いていた。

「うるさいですよ二人とも!」

 

 いましがた施術を終えたのか、こっちを睨みつけている。

 丸い頬はさらに丸く膨らみ、少し上体を前に屈めることで上目遣いになっていた。


「ぐはぁ! 学級委員長叱りぃぃいい!」


 眼鏡を掛けたうえでこのシチュエーションは、彼の何かに引っかかるものがあったのだろう。

 昇天した矯太郎は更に3点減点されたらしい。

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