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14錬金術師

 「ときに、おばあ様。このお店は何を取り扱っているのですか?」

 話をすり替えるようにメイがベルガに問いかける。

 グダグダしているうちに、周りの露店は殆ど片付けが終わっていて、かろうじて品物が並んでいるのがここだけという状況になっていた。


 かといってシャンディもこの来訪者を放置して、片付けに勤しむ事は出来ないでいるのか、少しソワソワと目線を移動させている。


 幾つか重ねられるようになったざるに入っているのは、木の葉や木の実。

 その隣には茎や枝の部分だけを残したものもある。

 奥には粉末状になったものや、まるでその辺で拾ってきた石の様なものまで。

 一見して矯太郎にはここが何屋かを理解する事は出来なかった。

 強いているなら、ハーブや香辛料に近い匂いがこの店には充満している。


 その考察を裏付けるように、老婆は得意げに鼻を鳴らす。

 

「うちは薬草や薬になる木の実を扱っているよ、ヤーゲン坊やもうちのお得意さんさね」

 何本か欠けた歯を見せながら笑顔で答えるベルガ。

 感心するようにメイは頷いている。

「凄い品ぞろえですね。この街に来たのは初めてで……素材だけでこんなに種類を扱っておられるのですか」

 

 きっともう何十年も続けてきた店を褒められたことで、ベルガの頬が緩むのが分かる。

 彼女の節くれだった手を見る事でも、その熱意というものが伝わってくるようだった。

 関節が丸く膨れ、リウマチかへバーデン結節を患っているのかもしれない。

 その指先は直接野草などに触れる機会が多いからか、黒く沈着しているのも見える。

 それらすべてが、この老婆のある意味勲章の一つのような気がして、尊敬の気持ちを湧き上がらせた。


「大変なお仕事ですね、お孫さんは手伝われるのですか?」

 矯太郎が老婆の半生を想像している間にも、急に話題をシャンディに振るメイ。

 もう絡むのはよしてほしいものだが。


 店の準備などを手伝ってはいるかもしれないが、そのほっそりとした指からは、ベルガと同じような仕事をしているようには思えなかった。

 ベルガの様に指先をすり潰すような労働ではなく、もっと知的な物を生業としているように見受けられる。

 

「私は……お婆ちゃんの選んだ素材を使って、錬金術の勉強をしているわ」

 祖母の手伝いをするべきといった人道的な気持ちを優先する流れではあるものの、それは自信を持って語られたのだった。


「錬金術!」

 その時、矯太郎のメガネが光った!

 彼の居た世界にはなかった技術に、興味を惹かれるのも科学者なら仕方のないことだろう。

 魔法と同じく、概念はあっても実在しないものの一つだ。

 それがこの世界にあると知り、追及しないという選択肢は彼には無い。


 突然目の前の女性が錬金術師という属性を持ったことで、矯太郎には輝くように見えているのかもしれない。

 そうなると──あれだ。


「眼鏡を掛けさせたい!」


 一瞬、時が止まり、シャンディから疑問符が投げられる。

「は?」


「ご主人様、思考が駄々洩れです」

「おっといかんいかん」


 改めてシャンディの顔を見てみる。

 赤い髪は手入れが行き届いておらずに、後ろでひとくくりに束ねられている。

 きっと習熟し難い研究に日夜没頭しているところからくる、研究者にありがちな怠慢だろう。

 これには矯太郎も共感できる部分がある。

 また、目つきは悪いが、顔は大人びていて整っている。

 ライフの父親であるヤーゲンと幼馴染であれば年齢は35歳程度だろうか?


 矯太郎のストライクゾーンだ。

 眼鏡さえあればの話だが。


「危険な思考をキャッチしました」

 メイが矯太郎の目の前に滑り込んだ。


「ご主人様の身の回りにいては、ピクリともしない恋愛センサーがビンビンに反応していましたので、これから楽しくなるところでしたのに」

「俺がモテなくて残念だったな!」


 大事な場面でいつもメイに邪魔をされる矯太郎。

 それさえなければ、眼鏡っ娘の一人や二人……。

 と一瞬だけ思ったようだが、そんな事は無かったようだ。

 勝手に落胆している。


 彼の一人ダークサイドなどお構いなしに、メイがため息をこぼす。

 そして矯太郎の耳元に手を当てて、明らかなコソコソ話を始める。


「また法律に反することを画策していましたね?」

「何度も言うが合法だ」

「相手に控訴されればそうも言えなくなるギリギリのラインですよ」

「そういうお前も、シャンディさんの恋心で遊ぼうと考えているだろう」


 どうやら二人で作戦会議をしているようだ。

 結果、ヤーゲンとシャンディをここに残して、邪魔者は去る事で話がついたらしい。

 恋愛模様を面白おかしく見守っていたいメイではあったが、その恋自体を進展させるためにも、ここでチャチャを入れ続けるのは良くないと諭されたのだ。


 会議が終わった矯太郎は、張り付いたような笑顔を作って、その内容を発表する。

「俺はベルガお婆さんを治療院へ送っていくから、ヤーゲンさんはここの片付けを手伝ってあげてくれませんか?」

「わたくしたちでは、薬の効能や種類の把握が出来ませんので」

 口裏を合わせたように二人で話をして、いやしかし、とか案山子などと言わせる暇を与えずになし崩しに進める作戦だ。


「それは、別にいいけど……」

 シャンディも、メイという恋敵がこの場から去り、想い人が手伝いに残ってくれる状況に不満はないらしい。


「そりゃぁ助かるね、ヤーゲンの坊や、頼んどくよ」

 ベルガも、この二人に任せるのであれば安心なのだろう、異論はどこからも出る事は無かった。


 唯一、名残惜しそうにしているのはメイだけだ。

「進展したら教えてください」

 二人には聞こえないくらいの声でそう言うと、ベルガの前に屈む。 

 矯太郎がその背中に、ひょいと腰の悪い老婆を乗せる。

 

 本来、男女で逆だろうと思うだろうが、メイはロボだから枯れ木のような老婆一人など載せているうちに入らないだろう。

 直ぐに背を向けて治療院へ歩き出す姿を、残された幼馴染二人がポカンと見ていた。

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