12朝市を見に行こう
────さて、急に人数が増えたこともあり、グリンベル家備蓄の食材では賄いきれないだろうということで、散策がてら買い物に来ていた。
「しかし、案内はヤーゲン殿よりもライフ殿の方が良かった」
矯太郎は何度目かのため息と共にそう零す。
「素直なのと口が悪いのは違いますよご主人様」
ヤーゲンさんもそれはそうだと苦笑しながらも、メイの隣にちゃっかり陣取っている。
彼からすれば矯太郎がお邪魔虫ということなのだろうが。
「治癒師の勉強のために、自分がお店に残るって張り切ってましたからね」
ヤーゲンの言う通り、ライフ・グリンベルはやる気満々だ!
朝ごはんも目いっぱい食べたし、頭の中には治癒師になる為の知識だけが沢山つまっいて、あとは実践をこなすだけという、むず痒い状況なのだから。
何かしたいという心構えは尊敬に値するものである。
「とりあえず、今日は娯楽施設などよりも生活に必要そうな場所を回ってみましょうか」
メイの言葉に触発されたようにヤーゲンの足取りが早くなる。
まるで体重自体が軽くなったようで、体より心の方が先に動いている感じだ。
恋をするとおっさんでも心が弾むらしい。
「ここが朝市通り。もうすぐ昼だからもう店じまいの準備をしているな、急ごうか」
メイン通りは大抵は観光客相手の品物だったり、外から行商してくるような店が露店をしているそうで、ここに住む者たちは一本外れた横道を利用することが多い。
実際ここも、矯太郎達が最初に落ちてきた大通りと比べると道が狭く、馬車なども通る雰囲気ではない。
それでも、日用品や食べ物等が所狭しと並べてあり、表通りとはまた違った活気にあふれていた。
目に付くいくつかの食材を買っているうちに、段々と今日の販売を終える店が増えてゆく。
日差しが強くなり、品物が傷む前にひっこめる算段なのだろう。
後で聞けば、売れ残った商品は契約店舗へ卸に行ったり、自店舗で夜の食事の提供へと回されるのだとか。
一般家庭に冷蔵庫などがない世界では、こういった工夫で商売をしなければやっていけないのだろうと矯太郎は予想した。
ヤーゲンは次々となじみの店を紹介してくれていたが、ある露店の前に来ると、何かに気付いたらしく足早に奥へと走っていった。
「ばあさん! 無理をするんじゃない……ったく」
声をかけられた老婆は、椅子に座って腰を撫でていた。
年齢はもう80近いだろうか、この世界でも治癒師等の医療技術が発達しているせいか、高齢の方もよく見受けられる。
とは言え、やはりご老体。
歳には勝てないのか、あちらこちらの痛みに耐えながら動いているようだった。
「無理しなけりゃ食ってけねぇンだよ」
顔をしかめながらもそう返す老婆。
「薬だけじゃ痛みを和らげるのが精いっぱいなんだ、動ける気がしても良くはなってないんだから」
「そんなことを言われても、私が働かないとこの店を畳まなくちゃいけなくなるだろうが」
無理をして店に立つ老婆を心配そうに見守るヤーゲンだったが。
矯太郎何かに思い当たったのか、一歩前に出てその老婆に話しかけることにした。
「ライフ殿に診てもらってはどうでしょうか?」
「何だいアンタは?」
初対面の男に対して訝しがる老婆。
知り合いの知り合いだとて、やはり手順をすっ飛ばすものではない。
「失礼、昨日から治療院にお世話になっているものです。ライフお嬢さんは最近メキメキと勉強の方が進んでおりますので、腰痛等の治癒も可能かと思いますよ」
矯太郎は手短に自分の立場を説明しながらも、再度ライフの話を持ち出す。
まぁ、最近というのは言葉のあやで、昨日の今日の話ではあるのだが。
矯太郎の言葉を聞いて老婆は少し思い出す風に思案してから、ヤーゲンに向き直った。
「あんたン所の嫁も、いい腕をしていたからね……血は争えないってことかい?」
ヒッヒッヒと笑いそうな顔でヤーゲンの反応を見る老婆から、この二人の関係は長い付き合いからくる、信頼に基づく物だと感じることが出来た。
年齢的にヤーゲンが孫なら、ライフはひ孫の様な感覚で見ているのかもしれない。
それにこたえるようにヤーゲンも年上に敬意を払いつつも、意気込まない感じで軽く話しかけた。
「娘も必死で勉強してましたからね、教材がてら診させてくれませんか」
「人体実験かい? いいよ、若いもんの手助けになるのが年寄りの楽しみだ」
矯太郎の考えをヤーゲンが汲んだのか。
やはり娘に実践を経験させて自信を付けさせたいと思ったからだろうか。
どちらにしても男二人の一致した気持ちが伝わり、自然な流れでライフが待つ治療院へと客を誘導することに成功したわけだ。