10合法眼鏡美少女
ライフの美しい涙に、誰もが息をのんでしまう。
そんななか矯太郎はその肩にそっと手を伸ば……そうとして思いっきりメイに抓られていた。
「──とか言って、気に入られて彼女にでもなって貰おうって魂胆が丸見えなのがキモイんですよ」
ドキッ。
「なななな、何を言っているんだメイは。俺はそんな下心で親切を働くような男ではない!」
「今回は被害者から告訴されなかったと見なして不問にしますが……欲望のままに人に危害を加えれば容赦しませんよ」
「さっき首が逝くくらい蹴られたんだが、どの辺が不問になってるんだ?」
「生きているでしょう」
「死の可能性!」
異世界コンビが漫才を繰り広げているうちに、涙をハンカチで拭いたライフの興味は眼鏡に移っていった。
ツルを触ってみたり、レンズのふちを確認してみたりとなかなか忙しそうだ。
そして一通り確認してから二人へと顔を向けた。
「これって取り外せるんですか?」
「外さないでほしい」
食い気味で反応するも、メイにたしなめられる。
「博士の願望などライフ様は聞いておりませんよ」
矯太郎の願望が駄々洩れになっているのはいつものことだが、免疫のないライフは少し困惑気味だ。
きっと眼鏡の素晴らしさに気づいていないからだろうと、矯太郎は考えていた。
「いまさらっと論点の違うことを考えませんでしたか?」
「そんなことはないが……心を読むんじゃない」
メイには、表情からその人間の心理を見抜くというシステムが備わっている。
彼女曰くそんなシステムに頼らずとも矯太郎の心理は分かり易いとの事だが。
そんな事より、皆がこの眼鏡について注目している今が、科学者として一番輝ける瞬間ではないだろうか!
そう考えた矯太郎は意気揚々と声を張り上げる。
「では、その顔に装着された素晴らしい装置について説明してやろう! ぬはははは!」
立ち上がり、高笑いの後に語り始める。
メイだけはいつも通り表情筋死滅モードに入ったようだ。
「その装置は【眼鏡】と言ってだな、通常の物でも女性の魅力を当社比100倍に跳ね上げるおしゃれアイテムなのだ!」
高らかに宣言するも、この世界の住人は眼鏡等とは縁がないのか、ぽかんとした表情をしている。
「あくまで博士基準ですし、本来は視力低下への矯正器具としての側面の方が強いと感じます」
「メイ君、補足説明をありがとう。確かにそう考えている輩も多いのは事実!」
「ご自分がマイナーな思考の持ち主であることは理解しておられたのですね」
「だからこそ平凡な学者崩れとは違……ええい話が進まん!」
「チッ気づかれましたか」
メイはこの際放置しておく。
矯太郎は今、漫才をしたいわけではない。
この目の前のおっとり系美人エルフに眼鏡の素晴らしさを説きたいのだ!
「いまライフが付けている眼鏡は、大きめのフチなし丸レンズに、サーモンピンクのツルはサラサラの緑髪に映える色だ! 君の魅力を抜群に高めているぞ」
言われたライフはそのピンクのフレームに手を添えるが、彼女自身はその魅力に気づいていなさそうだ。
しかし矯太郎は自分でチョイスしたその眼鏡が、やはりライフに似合っているなと改めて確認しているのか、明らかに異常な顔つきになり始める。
「よ……ヨツメさん! 目が怖いですし、息もハァハァ荒いです、血圧も基準値より15程上がっていますよ」
矯太郎の通常運行はライフには奇異に映ったのか、座ったままじりじりと後ろに下がって、苦笑いを浮かべた。
血圧まで一目できるとは、異世界の治癒師と言うのはなかなかに高性能なのだ。
「結局これって外せるんですよね?」
「側頭葉に食い込んでるから、無理に外すと死ぬぞ」
「えっ?」
ライフは気軽な質問のはずが、返答に信じられない言葉を聞いたと言わんばかりに目を大きく開いて固まった。
「大丈夫だライフ殿。その眼鏡は外さなくとも清潔が保てるように、自動クリーニング機能が付いているからな。そのまま顔を洗っても問題ないぞ!」
「ライフ様はそこを心配されているのでは無いと思いますが……」
それは矯太郎も理解してはいるのだが、どうしても外すという方向性に持っていきたくないのか、話をそらしているに過ぎない。
彼は何とかしてこの眼鏡を定着させたいのだ。
「それに治癒師の知識は眼鏡から送り込まれているが、脳にちゃんとインプットされていない状態だ。今取り外してしまうと殆ど意味はなくなってしまう。そのまま実践で知識を自分の物に出来た後に取り外したほうが賢明だと思うが」
苦し紛れではあるが、彼なりに納得のいく回答が出たのだろうか。
二の腕を組んで自信ありげにしているのだが、表情からは不安も感じ取れる。
それを受けたライフも流石にそこには反発も出来はしない。
その言葉の意味をゆっくりと理解したライフは、夢を実現させる方向へと答えを導いた。
「わかりました、立派な治癒師になるためにも、しばらくこのままでいてみようと思います」
矯太郎は心の中でガッツポーズをした!
「博士、あからさまにガッツポーズしないでください」
どうやら心の中だけで収まりきっていなかったようだ。
「良いんです。私はヨツメさんの、純粋に私を応援してくれる気持ちを感じたから……信じてみたいと思ったんです」
胸の前に持って行き、組まれた指は祈りを捧げるようで、まるで聖女だった。
それは彼女の純粋さを象徴しているようにすら感じることが出来た。
「こちらの動機は不純ですけどね」
「黙ってろメイ」
こうして四目矯太郎は【合法的】にライフ・グリンベルに眼鏡を掛けさせることに成功したのだった。