幸せに辿り着けないのは。
「すみません」
海は、思わず、人混みに潰されそうになって声をあげた。
「誰かに、似ている」
「え・・・ちょっと、待って?」
「もしかして?シーイじゃない?」
「そう。そうだと思った。前にテレビで、見た事がある。バイオリン弾いていた」
口々に、海の正体に気づいた子達の声が聞こえてきた。
僅かなら、うまく、かわす事も、できただろう。
だが、大勢に人の波が、一斉に押し寄せたら、敵うわけがなく、海は、慌てて、走り去る事にした。
迂闊だった。
もしかしたらと、思った。
このバイオリンの持ち主が、この中に居たら、気が付くと思っていた。
高価なバイオリン。
誰のものか、わからない。
誰に聞けば、持ち主に渡せる?
届出をしたとして、正しい持ち主に渡るのか?
人の波に、揉まれそうになり、海は、走り出していた。
何度も、もみくちゃになっていた。
寧大が、先になって、庇ってくれていた。
変わらず、寧大なりに、活躍していた。
あの日々は、遠い過去になりつつある。
自分の事は、とうに忘れ去られていたと思っていた。
結局、SNSで、シーイの事は、続いていたし、海の中で、終わった事でも、忘れていない子の方が多かった。
慌てて、裏道に入る海。
バイオリンに何か、あったら、大変だ。
追いつかれそうになった時に、反対車線から、手を振る女性の姿が見えた。
「あれは・・」
普通なら、その車に飛び込む事は、しなかっただろう。
だが、今は、緊急事態だ。
手を振られるまま、その車の開いた後部シートに飛び込んだ。
「ゆっくり、話したいと思っていたの」
その女性は、海を隣に座らせながら、そう言った。
運転手に車を、出す様に、話すと、海に体を向けた。
「あなたの事は、ずっと、気になっていたの」
そこに居たのは、澪の叔母。
先ほど、自分から、澪を引き離した派手目な女性だった。
「きちんと話をしたいと思っていて」
「澪の叔母さんですよね」
海は、改めて叔母の顔を見た。
確か、どこかに、澪の雰囲気を持つ、叔母だが、派手な服装のせいか、全く、似ているとは、言えなかった。
「私の事は、知っているの?」
「えぇ・・・」
随分、前に澪から叔母がいる事は、聞いていた。
仕事に関わろうとしている事を。
澪は、口には、出さなかったが、好意的では、ないと感じていた。
「澪が、急に変わったのは、あなたが、原因ね」
叔母は、海を冷たい目で、見た。
「確かに、どこかで、見たと思っていたら、ようやく、分かったわ」
叔母が、海の顔を覗き込むので、マスクとメガネを外した。
「シーイと澪が、知り合い・・・ていうか、それ以上だったなんてね」




