現れた過去
すでに、リハーサルは、始まっていた。
遠くに陰口を聞きながら、蒼は、持ってきたバイオリンのケースを開けた。
「若くして、有名になったからって、随分と余裕じゃないか」
蒼の容貌から、日本語が通じないと思ったのか、陰口が聞こえてきた。
「才能に自惚れているんじゃないか」
心無い言葉が、聞こえてくる。
「遅れて、すみません」
突然、日本語を話す蒼に、周りは、少し、ざわつく。
「日本語、できるんじゃ・・」
よく、見た目で、判断される。日本では、母方のドイツ人よりに見られるが、故郷では、そう見られない。
「アジアン?」
どちらの、国の人でもない、中途半端な扱い。
蒼は、ため息をついた。
どこに行っても、偏見がある。
母から聞いていた父親の祖国に、一度、行ってみたかった。それもあるが、日本のアニメも大好きで、この機会に、あちこち、アニメの聖地に行ってみたかった。
ライブのリハーサルの前に、立ち寄った店で、バイオリンは、入れ替わったのだろうか?
父親の肩身のケースが、どこかに行ってしまった。
母親は、悲しむだろう。
すり替わったのに、気づかない程、このバイオリンケースは、自分の物と酷似している。
「他にも、父親から、譲られたケースがあったのか?」
蒼は、呟いた。
ケースの中から、現れたのは、古いバイオリンだった。何処から、見ても、使い込まれている。
「どんなものか・・」
蒼は、弓を弦に充ててみた。
どんな音がするのか。
自分の高価なバイオリンとは、違い、期待していなかった。
そっと、充てて見る。
哀愁のある音が響いていった。
「あ!」
聞いた事のある音。
そんなに、高くないバイオリンだ。
けど。
音の深みが違う。
伸びる音階。
音が、高くなるほど、伸びやかで、染み入る音が、広がっていった。
「これは・・・」
持っている人は、かなりの技術がある。
自分が、バイオリンを探しているように、この持ち主も探しているかもしれない。
「もう少しで、本番始まるよ」
先にスタジオ入りしていたスタッフが、そう、告げる。
戻って来なければ、このバイオリンで、勝負するまで。
蒼は、入れ替わったバイオリンを持って、リハーサルに参加するのだった。
その頃、海は、ライブの会場に入れないかと、焦っていた。
チケットは、とうに、売り切れており、中に入れそうにない。
「どうしたら・・・届けられる?」
高価なバイオリンを見ず知らずの人に、渡す訳には、いかない。
きっと、入れ替わって、困っている筈だろう。
「どうしようか・・」
海は、ケースから、バイオリンを取り出すと、ライブ会場の長蛇の列に向かって弾き始めた。




