呼び合うバイオリン
花子との待ち合わせは、やや遅れ気味だった。
近くで、フラメンコのライブがあるらしく、そこそこ、混んでいて、待ち合わせのカフェに着いたのは、約束を10分程度過ぎた時間だった。
「遅かったわね」
弾んだ声で、花子は、迎えてくれた。
「ごめん・・・」
声が弾んでいるのは、隣にいる男性のせい?
久しぶりに見る花子は、短く切った髪がよく似合う女性になっていた。
髪が短い女性。
澪ほど、短く切った髪が似合う女性はいないと思った日々を思い出していた。
あれから、いろいろあって、互いに遠くまで、来てしまった。
花子も、僕と離れて幸せになるんだ。
僕は、誰かを幸せにする事は、ないのかもしれない。
自分本位で、歌を歌っていたあの頃と、何もかも、変わらない。
「少しだけど・・・はい。お祝い」
僕は、準備していた花束を花子に渡した。
「こんなに、荷物をたくさん持って、大変だったでしょう?」
大きな花束に埋もれながら、花子が声を上げた。
「今までの中で、一番、最高の花束よね」
花子は、皮肉を言う。
「いつも、バイオリンで、いつ、成功するのか、ハラハラしていた。バイオリン華と思っていたら、突然、歌手デビューするし」
それ以上は、言うなと、僕は、サインを出したが、花子は、構わず、続ける。
「全部、あいつのせい。海を振り回し、バイオリンから遠ざけた。結局、あいつは、海のおかげで、有名になったんじゃん」
花子の隣で、婚約者が、困った顔をしている。
「まぁまぁ・・・花子。もう、僕は、バイオリン一本で行くから、心配しないで」
「そうよ。バイオリン。頑張って。私は、海の事を待つ事は、できなかったけど、きっと、海を待っている人が現れると思う」
花子は、婚約者と微笑みあった。
「海のバイオリンが好きだったのは、本当よ。これからも、続けて」
「近くのフラメンコのライブにも、バイオリニストが出るって聞いたよ」
花子の婚約者が話す。
「フラメンコ協会の会長が、海外から、わざわざ、呼び寄せたバイオリニストが共演するらしいよ」
「へぇ・・・粋なことするのね」
「まだ、若い青年らしい」
聞く所によると、まだ、10代らしい。恵まれたバイオリニストの血を引くという、僕にとっては、羨ましい話だった。
「有名な点は、海も負けていないわよね」
マスクを外し、アイスラテを飲んでいる僕の顔を何人かの女性が、見ているのは、感じていた。
「突然、歌手やめますみたいな話で、私、何人の友人に聞かれた事か・・」
遠くで、ザワザワ囁くのが、聞こえる。
僕が、本物か、どうか、疑っている声が聞こえる。
「バイオリンケース持っているから、本物だよ。きっと」
そうも聞こえる。
バイオリンの事は、榊さんの娘さんとのライブで、少しだけ、広まっていたっけ。
「大丈夫?大事なバイオリンなんでしょう」
近くまで、ファンが来そうなので、押し潰されないか、ケースの事を花子は、心配していた。
「あぁ・・そうだね」
その時、初めて気がついた。
「あれ?」
「どうしたの?」
同じバイオリンケースで、イニシャルの入った物に間違いはないが・・・
「あれ?同じケース。二つもあった?」
イニシャルの位置が、微妙に違かった。
「二つもないよ・・」
そう言いながら、確認する為、ケースを開ける。
「えぇ?」
中から、現れたのは、僕のバイオリンとは、全く違う高級なプロ仕様のバイオリンだった。




