もう一つの顔
僕が、たまに気まぐれで、YouTubeに参加しているには、理由がある。僕自身が始めた訳ではなく、強引な友人に押し切られた形で参加する事になった。一応、僕は、才能がないながらも、オーケストラで、活動している。なので、顔出しは、NG。首から上は、映さない約束で、参加。事もあろうか、歌まで、披露する羽目になった。バイオリンでの参加を勧められたけど、僕の私生活とは、切り離したかったので、強引な友人、寧大のギターに合わせて、歌を口ずさんだりしていた。
「え・・と。シーイの作った歌があるんだけど、僕が、適当に曲を作ったので、聞いてください」
突然の寧大の無茶ぶりに僕は、慌てた。シーイと言うのは、僕のあだ名。クラスメイトなら知っているあだ名で、今、そう呼ぶのは、寧大だけ。僕が、仕事の間に、書き留めた気に入った言葉。心に響いた言葉を、繋げた、詩とは言えない文章に、寧大が、面白そうだからと、曲をつけていた。勿論、その場で、僕が、歌える訳でもなく、自宅で、打ち合わせした練習で、口ずさんだだけの歌を、突然、流した。
「えぇ!聞いてないよ」
僕は、反論した。
「まぁまぁ・・面白そうでしょ?」
寧大は、笑う。
「お前さ。バイオリン弾きより、歌った方がよくない?」
「いやいや・・・俺、自分の声嫌いだし」
「そうかな?」
寧大が流した僕の声は、僕にとっては、意外な声だった。女性の様な声。僕が、好きな声ではない。細く神経質そうな声で、僕が、惹かれる音とは、違う。うん。僕の声も、バイオリンに似ているのかな。だとしたら、あまり、良い楽器ではない。
「・・・で。シーイの声を皆さんに、聞いていただきました。もし、歌って、欲しい曲があったら、ここまで、メールして下さい」
そう言って、寧大は、YouTubeを終了した。また、来週、更新する予定だ。
「聞いてないよ。俺の作った下手な曲を披露するなんて」
「バイオリン弾きが、歌い手になって、何が悪い?」
「バレるとまずいよ。いい加減、音楽は、諦めて、家の仕事を継げって言われているんだから」
「あぁ・・・団子屋になるのか」
「和菓子職人。家業を潰したくないらしい。兄貴が公務員だから、才能のない俺が、継ぐしかない」
「俺。お前の声が好きなんだけどな」
「お前に、好かれてもな・・・」
「一度、真面目にさっきの曲の歌詞。まとめてみないか?いいと思うんだけど」
「あれ?」
つまらない空想の中の失恋の歌だ。
「よくある歌詞だとは、思うけど。お前の声が合う」
「結局、彼女の元彼の思い出に負けるって歌?」
「そう。空想だろう?」
「そうだけど」
どこかで、聴き切った内容。寧大が、そこまで、言うなら、まとめ上げて、歌ってみようか。家族にバレな様に。これなら、僕が、歌詞職人になっても、音楽に携わる事ができるだろうか・・・。僕の声が、誰かに届く嬉しさが、少しだけあった。