月は、君の涙に
まんまるの月が姿を表す頃、澪達は、キャンプ場のコテージに居た。
ペットOKのキャンプ場なので、あちこちに、家族と過ごす犬達の姿が見える。
ハーネスを外されたアポロンは、何処にでもいる伴侶犬と化していた。
「先輩も一緒に飲みましょう」
高岡と一緒に、飲もうと誘う後輩が疎ましい。
「ほどほどにね」
軽く嗜め、自分だけ、ワイングラスを片手に、バルコニーに出て見た。
ひんやりとした夜の気配が気持ち良い。
「いい夜ですね」
さりげなく追い払った高岡は、何かと理由をつけて、ついてくる。
それならと、思い切って言ってみる。
「高岡君、私と結婚したいの?」
周りの空気が、一瞬で引くのがわかる。
「ど・・・どうしたんですか?」
慌てる高岡の様子がよくわかる。
「隠して、駆け引きするのは、好きじゃないし。わかるでしょう?私の性格」
視覚障害になったとしても、澪、本来の気性は変わらない。
「私を妻に迎える事に覚悟があるのか聞きたくて」
確かに、会社を手に入れる事はできる。
「会社だけ、手に入れて、後は、言いなりになんて、ならないわよ」
「はっきり、言うなぁ。昔から」
高岡は、頭を掻いた。
「魂胆があって、この場を設けたのかしら。」
「いや・・・そんな訳ではなくて」
「私をどうにかして、結婚する計画だった」
「ちょっと、先輩、あからさますぎます。もう、酔ったんですか?」
後輩が、慌てて、間に入る。
「大事な事だから、聴いておきたいと思っていて・・。目が見えないからって、思い通りには、ならないって事を伝えたいの」
「変わらず、はっきり言いますね。その通りです。このロケの下見で、あなたを落とそうと思っていました。こうなったら、はっきり言います」
高岡は、ベルコニーの手すりに身を乗り出した。
「目が見えないとか、関係なく、最初、見た時から、惹かれていました。社長から、話があった時は、嬉しかったです。僕なら、しっかり支える事ができます」
後方から、おぉーと、歓声が上がる。
「確かに、不幸な事故がありました。事故がなければ、あなたは、彼と一緒にいたでしょう。だけど、華rは、もういない。僕しかいないんです」
「事故の話は、やめてくれる?」
澪は、ムッとした。
「あなたが、彼に縛られているのは、わかります。でも、彼が生きていても、もしかしたら、僕と一緒にいたかもいしれない」
「ないわ。絶対。あなたには、惹かれない」
「言い切るんですね。でも、僕でなきゃ、あなたは、ダメなんです。何処にも、行けないんです」
ふわっと、澪の体が、少し、浮いた気がした。周りのどよめく声が上がった。
「先輩!」
後輩達の悲鳴が上がり、唇に、何かが、触れる感覚があった。
「!」
反射的に、両手で、その触れて塊を押し除ける。
「ちょっと」
更に、澪の唇を塞ぐ感覚があった。
高岡だった。
少し、唇に残っているタバコの香りがした。
「いい機会です。みんなの前で、伝えます。僕と、付き合ってください」
「ふざけないで」
澪は、激しく抵抗すると、持っていたグラスを落としてしまった。
「私は、物じゃない」
高岡を推薦した父親を恨みながら、澪は、手探りで、バルコニーから、部屋に戻ろうとしたが、うまく、歩けない。
「手伝いますよ。もう少し、時間をかければいいんです」
そう言う高岡の手を払いながら、涙が出てきた。
この時ばかり、目が見えない不自由さを、恨んだ事はなかった。




