僕の代わりに歌う者
寧大は、僕と比べて野望が尽きないかな。
後から、振り返ってそう思うよ。
その時は、どうして、そんな事を思いついたのか、わからなかったけど。
女癖の悪い寧大が、あの子に手を出してしまったのは、許されない事だと思うよ。
花子が、寧大と付き合っていた事を知ったのも、ずっと、後だった。何となく、親しいのは、知っていたから、ショックではなかった。
きっと、その頃は、僕の気持ちは、花子から、離れていた。
僕のバイオリンの才能は、イマイチ。だけど、それをカバーするかの様に、僕の声は、YouTubeで、寧大と活動していながら、評価を得ていた。
寧大と活動したい。お互いに、一緒にやれば、うまく、行く筈だったのに、どこからか、歯車が、噛み合わなくなっていったのか。
それとも、最初から、僕だけが、彼を信じていたのか。
その寧大は、シーイに拘りながら、新たな厄介ごとに、首を突っ込んでいた。
それは、寧大が、見つけたと言うシーイと同じ声を持つ、少女だった。
「音夢?」
僕は、名前を聞いて、珍しい名前だと思った。
「いかにもだろう」
寧大の鼻息は、荒かった。
音楽の才能に惹かれたと言うより、もしかしたら、彼女の容貌に惹かれたのかもしれないと感じた。
「僕の声に似てる?」
「似てる。歌い方とか、高音の伸びる箇所」
「・・・で。どうしたい訳?また、シーイをたくさん作る夢見てるの?」
「いや・・・そうじゃなくて」
携帯の向こうで、話す寧大の様子が変だ。
今も、側に、彼女がいるのは、わかっていた。
前も、携帯の向こうで、戯れ合う寧大と彼女の声が聞こえた。
シーイの声を持つ音夢に、寧大が、無臭になっているのが、わかった。
「それで、何を考えているの?」
こんな寧大だから、花子は、愛想を尽かして、僕に乗り替えたんだろう。
音楽のセンスがあるのに、寧大のだらしなさが、大きな欠点だ。
いつか、それで、痛い目に合うと言っても、変わらなかった。
「一緒に活動してみようと思う」
やっぱり。そう言うと思った。
「寧大。それは、構わないけど、相手は、まだ、社会人じゃないんだ。これから先の事は、きちんと考えないと」
「わかってるって」
全然、わかっていない。
呆れる僕の携帯の向こうから、明るい声が、響いてきた。
「一緒にやりましょう。私達が、一緒にハモる声を聴いてみたいって。寧大が言うんだから、きっと、素敵だと思うんです」
ハキハキとした明るい声だった。
寧大は、押し切られたんだな。
「ごめんね。僕は、そこまで、やりたいと思っていないんだ」
「でも、シーイを発掘したのは、寧大ですよね」
寧大。か・・・。すっかり、尻に敷かれている。
「うん・・僕の声の代わりなんて、いくらでもいるんだよ。きっと、任せるよ。君に」
「あぁ・・待って。お願いです。一度だけでも、逢ってもらえますか?」
「僕にあっても、イメージが壊れるだけ。縁があれば、いつか、会えるよ」
「でも。寧大には、シーイが必要なんです」
「ごめんね。本当。今、大事な人と逢っているから」
僕は、携帯を切った
また、寧大には、振り回されそうだ。
危なかしい奴。
「すみません・・・外せない電話で・・」
僕は、レストランで、待っている人の所に戻った。
このレストランのオーナー。榊さん。
僕は、彼の新しいビジネスのパートナーとして、山あいのキャンプ地に来ていた。




