遺伝子
僕は、バイオリンを下げて歩いていた。
寧大の気持ちには、感謝しなければいけない。
僕を、入団テストに、押し出してくれたから。
何を弾こうか?課題曲は決まっていた。
だけど、もう、一つ、自分を表現できる曲を弾きたかった。
「すみません・・」
僕は、課題曲がイマイチだと感じていた。
審査員の反応で、わかる。
「もう、一曲だけ、弾かせてください」
和菓子屋の息子が、バイオリン弾くなんて、誰もが不思議がるだろう。
元々、バイオリン奏者の数は、少ない。
バイオリンに縁のない和菓子屋が、どうして、音楽大に、次男を入学できるのか?なんて、不思議だろう。
「遺伝だよな」
父親が言う。
何度も言うが、父親は、僕がバイオリンを弾くのを良く思わない。
母親は、僕に、凄く、気を使っている。
そりゃあ、そうだ。
「約束は、守るから」
父親は、言っていた。約束。それは、若くして、病死した父親とその妹。僕の母親との約束だた。
「バイオリン弾く奴は、嫌いだ」
父親が言っていた。
自分の妹を捨てて、海外へと行ったバイオリニスト。それが、僕の本当の父親で、僕は、亡くなった母親の兄に、引き取られていた。
兄は、本当の弟の様に、僕を可愛がってくれた。
僕も兄を慕っていた。
何も変わらない日々だったけど、僕が、バイオリンに興味を持った日から、変わっていった。
「才能はない。家を継げ」
父親は、言った。僕が、バイオリンを弾く事を嫌った。僕の姿に、亡くなった妹の面影を見るのだろうか。
僕は、花子の期待の為に、バイオリンを弾くのだろうか?花子に認められ、去っていった父親の様に、音楽の為に、生きていこうとしているのだろうか。
僕の心の中は、複雑で、バイオリンの弦の一つ、一つが、繊細な悲鳴を上げる。
狂気だ。
どうしても、バイオリンを弾くと、生まれてきた事への後悔の念が渦巻く。
僕が、生まれなかったら、母は、捨てられなかったのか。
「もう、一曲、弾きたいんです」
僕は、無理を言って、1曲、弾かせてもらった。
合否は、審査をして、後日。
僕は、ケースを抱えて帰路についた。
「無事に、終わった?」
花子からの電話だった。
「とりあえず」
そっけない返事に、花子は、うまく行かなかったと思ったらしい。
「また、あるし・・・どこでも、バイオリンは、弾けるでしょう」
「そうだね」
「お家を継ぐの?」
「今まで、好きな事をさせてもらったしね」
「私も、忙しくなるかもしれない」
花子には、輝かしい未来がある。僕を待つ事はない。
「僕の事は、気にしないで。自分の道を行けよ」
「海・・・。寧大から聞いたんだけど。シーイをプロデュースするって、本当?」
「あぁ・・そうみたいだ。僕とシーイは、別人になるみたいだ」
「時々、寧大がわからなくなる」
「寧大の事が?彼は、僕とは違うよ。自分で、這い上がって行こうともがいている」
「シーイh、あなただけの物だと思っていた」
「寧大がきっかけを作ってくれたんだ。それを返すだけだよ」
彼が作ってくれた世界を返すだけ。
僕は、憂鬱だった。僕の中に眠る父親の遺伝子が、目覚める事はないのだろうか。




