あなたを忘れていいですか?
飛び出たはずが、程なくして、戻った澪に家族は、胸を撫で下ろしていた。
事故以来、両親は、澪の行く先に神経質になっている。
一人娘が、事故にあっただけでも、衝撃的なのに、視力を失った事は、失意のどん底に突き落とした。
それでも、命が助かってくれたならと、毎日、澪の状態を気にかけ、将来、不都合な事がない様にと、気にかけて、毎日を過ごしていた。
澪の結婚相手は、自分が決める。
そう言ったのは、父親。
会社も、任せる事のできる人。
母親との考えは、全く、異なるが、自然と相手が、絞られていった。
「高岡君にしなさい」
父親の高岡。野心家。だが、会社をまとめていくには、適切な人材だ。
母親は、反対したが、父親を説得する事ができなかった。
案の定。
澪は、出て行った。
「あの子に、彼を忘れる事はできないんです」
母親は、激怒した。
澪が、彼女を庇って事故死した彼を忘れる事はできない。
心配して、追いかけようと思った。
白状のみで、夜の街に飛び出して行った。
母親は、すぐ、アポロンを離した。
が、程なくして、アポロンと澪は、帰ってきた。
「何があったの?」
思わず、声をかけてしまう程、澪は、上機嫌だった。
頬を紅潮させ、上機嫌だった。
「信じられないの」
澪は、言った。
「多分。そうだと思う。間違いない」
母親に、微笑みながら言うと、説明する事なく、部屋に飛び込む。
「ちょっと、澪?」
澪が、興奮しながら、話すなんて、いつ以来だか?
母親は、驚いて澪を見送った。
「間違いない」
そう言いながら、まだ、心臓が高鳴っている。
否定したけど。自分には、わかる。あの声の色は、シーイだ。バイオリンの音色も、シーイのもの。
偽者達が、こぞって、出てきているが、シーイの音色は、わかる。
澪は、YouTubeを開いてみる。
幾つもの偽者が、横行している。確かに、技術的には、シーイより、上の人も何人か居た。
「だけど・・・違う」
シーイと音とは、違うのだ。
「彼の事が好きなの?」
澪の心の水面に、誰かが浮かび上がる。
「澪?僕の事は、忘れたの?」
ーそうじゃないー
「本当?僕の事を忘れたのかと思った」
ーあなたは、私を庇って、命を亡くした。あなたより、大事な人なんて、いない。今も、これからもー
「そうだよね。」
澪の心の中の水面に浮かび上がった影は、ゆっくりと、そこへと沈んでいく。
ーごめんー
そうだった。誰かに、ときめくなんて、悪くてできない。
彼を忘れるなんて、してはいけない事。
澪は、YouTubeを開くのを止めた。




