空中戦 1
1958年 ドイツ第三帝国 マウンツハイム
収容所においての親衛隊及び「総統の子供たち」による暗躍をしていたことを知ったルセフ・ヒトラーたち一行は、現状唯一の上級将校であるハンス・クロー大佐と今まで同行してくれた大尉らと共に今後の行動について話し合うことになった。
「・・・・総統閣下亡き今のドイツにおいて、親衛隊の影響力というものは絶大です。いくらあなたが、総統閣下の息子であろうとも、すぐさま信用して新内閣発足とは行かないでしょう」
クローは、自身が知る限りの政治的知識を総動員して、今後の状況を考えていた。
「仮に大佐の知っている政治家や有識者を駆使したとして、どれほどの国民が支持してくれると思いますか?」
全国指導員がルセフに変わったクローに質問した。
彼は、しばらく考え込んだ後に暗い口調で答えを出した。
「もってオーストリアとこの地域の一部位でしょう。本土の人々や他の弁務官区は、親衛隊の影響下にありますからね」
「そうですか」
全国指導員が肩を落とす横で記者は、自身に渡されたコーヒーを口にする。
数日ぶりのコーヒーは、彼の喫煙欲を高めることになり、煙草の箱に手を伸ばした。
しかし、彼のポケットに入っていたゴールデンブレンドは、すでに一本しか入っていないかった。
「吸うかい?あんたが好きな銘柄かは知らないが」
大尉が横からプエブロを差し出す。
「吸いません大尉。コーヒーを飲んだら急に欲しくなっちゃって」
記者は、煙草を加えると、口に一杯含んでふーと吐き出した。
「そういえば、たばこ業界ってSSの影響下だっけ」
「禁煙主義者であるヒトラーが決めた法案を、あの狂信者どもが曲げると思うか?」
記者の呟きに大尉が否定した。
「第一。わが軍が吸っている煙草も、ほとんどがフランスやイタリアからのものが多いんだからさ」
この頃のドイツ第三帝国内において、喫煙者はとても肩身の狭い状態であった。
ナチスドイツが政権を掌握すると、一番最初に進めた法案の一つとして「禁煙政策」を推進していたのである。
この禁煙キャンペーンは、親衛隊と付随する親ヒトラー系の組織を活用して国内にある学校や病院において進められており、38年にはヘルマン・ゲーリングの出身母体である「ルフトヴァッフェ」や公共交通機関での喫煙を禁止させることになった。
大戦がはじまった頃には、煙草の広告が制限されていき、禁煙キャンペーンを風刺するような広告も親衛隊やゲシュタポにより取り締まられていった。
しかし、大戦が終結するした頃には、この法案を維持するのにかなりつらい情勢となっていた。
元々、ヨーロッパでも一大喫煙者がいたドイツにおて、ドイツ帝国内の公共サービスに必要な税収を確保することができていた。
が、大戦時を通じて行われた禁煙政策に伴う喫煙者の減少により、平時における公共サービスを行う財源が保てなくなっただけでなく、復員兵と戦傷者の就職先の支援や大戦によって破壊された東ヨーロッパの施設整備などにかかる費用を捻出することが出来なかった。
アドルフ時代は、大戦後に復帰した経済大臣ヒャルマン・シャハトと内務大臣のパウル・ギースラーによる活躍でなんとか維持されていたものの、彼が病の床に臥せってしまった頃により、彼らの行政改革にも障害が出始めていた。
シャハトは、親衛隊長であるヒムラーとの対立が表面化してしまい。パウルは、政治抗争に巻き込まれる事を恐れて、自身の影響力をっているバイエルン州に身を隠していた。
この二人が政治運営を親衛隊に妨げられているために、せっかく抑えていた資金不足による公共サービスの低下を招いてしまい、不満分子や失業者などの増大に繋がってしまった。
病床に臥せっていたアドルフも何とか対策をとっていたが、煙草を含めた税収を失ったドイツの行政では焼け石に水であった。
全国指導員は、大尉と記者が話している内容を耳にして何かをひらめいたかのように手を叩いた。
「そうですよ。煙草です」
全国指導員が言った発言にほかの一同は、理解していなかった。
「一体何が、私の支持拡大や親衛隊などの対策に繋がるのかね?」
ルセフは、全国指導員が考えているプランについて理解できず、彼女への説明を求めた。
「我が国は、喫煙キャンペーンの過剰に進めた為に税収の確保が困難になっていきました。しかも、各施設での分煙ないし禁煙スペースを設けなければならない為、新たな飲食店などの店舗を開くことが難しくなっています。この状況では、国内の不満が高まっていくのは必定でしょうから、これを改善することを宣言するのです」
全国指導員は、禁煙政策の緩和を行うことでの支持を確保することを計画したのである。
彼女の挙げた政策を聞いたルセフは、地図を見ながらクローをに問うてくる。
「・・・・彼女が言うような宣伝を行うとしたら、強力な発言力のもった人物が必要だ。近隣でそのような人物がいるかね?」
「一人だけ、心当たりがあります」
クローは、ドイツの地図を広げて何か所かにピンを指した。
「このピンを刺したところには、親衛隊に追われている政治家の隠れていると思われる地区であります。その中でも、私が心当たりを持っているのは、内務大臣のパウル・ギースラー氏であります」
「パウル大臣か」
パウルは、欧州大戦後に作られた準軍事組織である「突撃隊」のアルペンラントの指導者であったが、アドルフが政権を獲得すると党員活動。
大戦が始まると、初期の段階の予備役将校として従軍したものの、彼の政治的センスを知ったアドルフにより、ミュンヘンの大管区長代理を務めたのちにバイエルン州を含めた大管区長に就任した。
その後は、上記の通りに内務大臣に就任したものの、親衛隊との対立に伴ってバイエルン州に身を寄せるようになった。
「ドイツ南部を味方にできれば、北部で様子を見る者たちも親衛隊を見放すと思います。その際に、ルセフ閣下がベルリンに赴き、政治中枢を掌握することで親衛隊やヒトラーの子供たちを追い出すことが出来るはずです」
クローは、パウルを味方に引き入れた後の情勢を彼が知りゆる政治的知識を総動員して分析したことを説明する。
「ここにルドルフ・ヘスが率いる中道派の議員や反親衛隊の勢力を味方に入れられたら、かなり優位になると思います。私たちにも勝ち筋が見えてくるはずです」
全国指導員が興奮気味に、結束後の影響力について話し出す。
確かに、ドイツ南部の要バイエルン州を味方に入れればチェコスロヴァキア、オーストラリアを含む南ドイツを影響下に入れることが出来る。
それと同時に、南部にある穀倉地帯を抑えることにより、親衛隊が率いる地域への食糧を止めて、彼らの支持率や武装親衛隊の士気を下げることが出来るのだ。
「いい計画じゃないですか、閣下!その計画を達成すいるのに、私の本職を活用させてくださいよ」
タバコを吸い終わった記者が、灰皿に吸殻を押し付けながら立ち上がる。
「今後の空中戦は、私の様なものがやるべきでしょう。ぜひともお任せください」
記者が志願してルセフの前に出ると、隣にいた大尉が立ち上がって記者の横に立つ。
「その仕事、俺にも手伝わしてくれよ。荒事がないとは言えないからな」
大尉と記者の顔を見ながらほくそ笑む。
「二人だけには任せられません。私も現地にて同行させてもらいます」
全国指導員も二人の横に並び動向を申し出る。
「よし!これより君たちを私専属の特務員として、バイエルン州での任務を任せる」
ルセフは、慣れ親しんでいる三人をバイエルン州へと送り出すことを決定した。




