収容所の怪 18
1958年 ドイツ第三帝国 マウンツハイム
肉塊が収容所より押し出てきたことを確認した大尉以下の自動車部隊は、近隣の家々に展開しており、作戦決行の号令を待っていた。
「大尉。目標が境界線Aを通過。境界線Bまで50mであります」
「よし。目標が作戦区域に入り次第、第一陣を発進させろ」
「了解」
観測員がそう言って下に戻っていくと、少尉が近づいてくる。
「あの化け物が、大尉が聞いた通りのものであれば、倒しても大丈夫なんでしょうか?」
「わからんが、あのような化け物になった以上。わが帝国のためにも討伐をせねばなりますまい。その為にも、この作戦を成功させねばならんからな」
大尉がそう言って双眼鏡を覗き込む。
大尉の命令一下に自動車部隊の各隊は、肉塊の近づいてくる一先導するように走り、陣地などがある周りには、火炎放射器を持った兵士が、肉塊を寄せ付けないように炎をぶつけていた。
「対象が、境界線Bを通過!目標固定ポイントに向かい前進中」
「よし!燃焼散布隊及び先導車両隊は、直ちに肉塊を砲するように展開しろ。何としても囲い込むんだ」
大尉の号令に応えるようにエンジンの轟音と共に走り出した火炎放射戦車「フラミンゴ」が先頭に踊りだす。
後続のトラック達もガソリンなどを積んだ燃料タンクを下向きに括り付けて走り出してついて行く。
大尉が考えた作戦は、肉塊を拓けたエリアに誘い出したのち、その周囲を炎と家屋の外壁で囲い込み、動きを封じ込めた後に殲滅するという者であった。
「各車両隊は、予定通りに周囲を囲みつつあります。フラミンゴもかなりの足止め効果を示してくれているみたいですし、このまま、うまくいけば」
「油断するなよ。あれほどの巨体が、この程度の火で押さえられるものとは思えんからな」
大尉の言う通り、肉塊の動きは収まっているものの、ゆっくりと周囲の火を自身の体で消してきていた。
「大尉。作戦エリアの火が小さいせいか、肉塊が外に出ようとしているという報告が上がっています」
「使っていない車両のタイヤなんかを火の中に投げ込め。火が消えないように徹底するんだ」
現場兵士たちは、なんとか大尉の作戦である火の陣地を維持しようといろいろな手を使って勢いを維持するも、やはり巨大な肉塊にこれを止めるには、火力不足であった。
火力の中核をなしていたフラミンゴも何両かが叩き潰され、中に詰まっている燃料に引火し大爆発を起こしていた。
「大尉!前線より被害報告です」
「そうか、見せてくれ」
大尉がそう言って兵士から紙を受け取ると、彼の渋い顔は、より一層険しさを増していった。
「不味いな。予想以上に被害が出ている」
「それでは」
大尉は、しばらく報告を睨んだ後、その紙を握りつぶす。
「いや。このまま、作戦を継続する!通信士は、クロー大佐に回線を積丹でくれ」
「了解しました」
大尉が前線で指揮を執っていた頃、旅団本部にてルセフら一同が前線の様子を事細かに確認していた。
「フラミンゴ戦車3両放棄。部隊の損害は20%にまで達しております」
「これは、大変な損害だぞ」
クローは、損害報告を聞きかなりつらい戦況であることを理解していた。
「旅団長!大尉より支援要請です。座標はこちらに」
「見せよ」
クローは、その座標確認すると、直ちに航空司令部に通信を繫がせた。
「私だ。第102飛行隊に出撃命令。・・・・そうだ。例の爆弾を使う」
クローの命令を聞いた第102飛行隊では、Ju187が250㎏の爆弾を胴体下部にぶら下げさせて飛び立つ準備をいていた。
「おい!早く出撃準備を終わらせろ」
「無茶を言わんでください。これでもかなり早く準備を行っているんですから」
新米パイロットのいら立った口調で整備士に突っかかる。
「やめとけ新米!整備兵のケツを蹴ったとて問題の解決にはならないだろう」
「飛行長!しかし」
「航空機部隊たるもの、辛抱が必要なんだからな」
飛行長は、新米パイロットを抑え込んだ後にほかのパイロットたちも黒板の前に集める。
「集合だ!全員これより出撃する。標的は、市街地に現れた肉塊である。標的は大型であり、反撃も予想されるため全員覚悟して当たってもらいたい」
102飛行隊の搭乗員は、覚悟を決めて自身の愛機へと走っていく。
乗り手が跨ったJu187が次々と日が降りつつある空へと飛び立っていく。
飛行隊が大空へと舞い上がり、市街地の方に向かって行った頃。肉塊の足止め中の大尉たちの一隊は、なんとか奴の足を止めるべく死力を尽くしていたが、後方の負傷兵収容所の人数が増えるばかりであった。
「大尉。すでに稼働部隊は6割を切りました。10両あったフラミンゴも残り2両となり、火を維持する燃料もあと僅かであり、これ以上の作戦行動ができない状況となります」
「あと少しだ。もう少し皆に頑張ってもらいたいのだ」
そう言って大尉は、自らも火炎放射器を手に取り、前線へと向かった。
前線に赴いた大尉は、必死に頑張って戦線を維持していた兵士たちの姿と、死傷した者たちのが地面に転がっていた。
「大尉!ここは、もう持ちません。後方へお下がりください」
近くに居る兵士が、大尉を足止めしようと前に出る。
「勇敢なるドイツ兵たるもの、ここで引き下がるわけにはいかない!勇敢なる兵士たちよ、私に続け」
大尉を先導に火炎放射器を担いだ兵士たちが次々と肉塊へと炎を浴びせて、肉塊の肌を焼き尽くす。
周囲には、ガソリン独特な臭いと肉が焼ける臭いが周囲から匂ってくる。
(ひどい臭いだ!しかし)
鼻を手でこすった後に火炎放射器のノズルを再び握る。
ドイツ兵の闘志は賞賛すべき程の活躍を見せており、肉塊の移動一時的抑え込むことに成功した。
そして、そのタイミングに大空を切るようなエンジン音が頭上より響き渡ってくる。
「来たか・・・・照明弾!」
大尉の大声に応えるように後ろに居た兵士がホルスターから抜き出して天へと撃ち放つ。
Ju187の一隊は、正面弾の上がった場所を確認した隊長機は、真っ先に真下にある肉塊に向かって突っ込んでいった。
「全員、後退!退避しろ」
大尉の大声により、近くに居る兵士たちが素早く後方に下がっていく。
キーンという金切り音と何かが切り離されたような音が背後から聞こえると、次の瞬間に背中から来る突風に体が浮き上がる。
大尉も例にもれず、その風に体を持っていかれ、近くのがれきに体が叩きつけられた。
「いつつ」
大尉が頭から血を流しながら肉塊の方に向き直る。
そこには、めらめらと業火に焼かれ苦痛に悶える肉塊に次々と叩き落される250㎏焼夷弾の炸裂している光景が広がっていた。
「よし!間に合わせてくれたか」
彼らが投下していたのは、焼夷弾より粘着性を持つ石油精製品を活用したことにより、ピンポイントに火を持続させる効果を持っている兵器となっていたのである。
さらに、爆弾の中にも特殊な加工をしており、残骸が飛び散っていく際に、中に入っている「可燃点」により、周りに可燃性がない場所でも周囲にばら撒いて火災面積を広げる効果を作っている。
「この火力なら、いかにこの巨大なん肉塊であろうと持つことがないだろう」
目の前の光景に安どの表情を浮かべつつも、何か虚しいものを心に持っていた大尉は、ゆっくりとがれきの中から立ちあがった。
「大尉。ご無事でしたか」
「ああ。何とか勝ったみたようだよ」
大尉は、そう言って空に下げていた火炎放射器のタンクをがれきの中に降ろした。
収容所でおこった一連の騒動は、この空襲により集結することになった。
しかし、この事がドイツ第三帝国最大の事件となる序曲となることを今のドイツ国民は知る由もなかった




