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きみは深海だった  作者: 野々宮真生
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「第一幕」


『ねえ、宇宙より海の方が謎が多いんだよ。』



目が覚めるとびっしょり汗をかいていた。悪い夢を見ていたような、心地よいような。

どちらにしろ今日は目を覚ましたくない日だった。

短かった夏休みが終わり、学校が始まる。それを考えただけで頭が痛かった。ぶつぶつ文句を言いながら下の階に降りる。

「おにいちゃん、おはよう!」

大きな声が顔にぶつかって少し目が覚める。妹はまだ小学一年生だから学校は苦ではないのだろう。嬉しそうに制服に着替えている。

俺にもそんな時があったなあと思いながら用意された朝ごはんのトーストを無理やり口に詰め込んで、家を出た。


久しぶりの制服はむず痒かったし、通学路の匂いも変わっていた。学校への距離を縮める度頭がくらくらして倒れそうだった。

「おはよう」

声をかけられて心臓が少し止まった。気がした。

驚いたことを隠すように「おはよ」と小さな声で返す。

「なんだよ〜!!久しぶりなのに!」と笑いながらそいつは俺の横を歩き出した。

幼なじみの髙橋は面白くて運動ができるクラスの人気者だ。だから今日というこんな日でさえも元気なのだ。

俺はそんな高橋に比べて勉強も運動もできず、根暗だから友達はこいつしかいない。

「それでさー、裕翔のやつが…」髙橋の話を聞き流しているうちに学校についてしまった。

俺がわかりやすくため息をつくと、

「まーまー!たのしく行こーぜ〜」なんて言われて

更に深くため息をついた。


教室に入ると案の定だった。みんなの視線が自分に向けられコソコソと話す声と小さな笑い声が聞こえてきた。気にしていないフリをして席に着いた。

「おはよ、相変わらず変な色してるね」

「おはよう、君こそ相変わらずデリカシーがないね」

わはは!と笑いながら君は俺の背中を叩いた。確かに俺はみんなと比べて色がおかしい。言葉に表せない緑のような黒のような、青のような。全部を、混ぜたような。

それに比べて君は透き通ったエメラルドグリーンで、正直好きだった。クラスで俺に話しかけるのは君か髙橋くらいだし。

「おーい席つけー」

そう言いながら担任が教室に入ってきた。君はまた後でね〜と笑いながら窓際にある自分の席に座った。

俺の席からよく見える場所だ。たまによそ見をしすぎて授業中叱られることがある。これに関しては俺は悪くないと思う。

君はきらきらしていて、青く空のようでいて、誰もが見惚れるから。

俺は君のどこか寂しそうで不安な顔を1度だけ見たことがある。その一瞬、俺は生きていてもいい様な気がしたのを覚えている。すこし、こわかった。


ぼーっとしていたらHRも授業も終わっていて、部活動をしていない奴は下校の時間だった。

案外楽だったなあと思いながら靴を履いていると

「おいお前ー!クレープを食べにいくぞーー!」

などというお決まりのセリフが背中にぶつかった。

君と俺は放課後にクレープを食べに行くことがよくある。その時間は俺にとって唯一心が休まる時間だと思う。

「はいはい、じゃあ行くよ」

と君に笑いかけて2人でクレープ屋に向かった。


俺は何の変哲もないクレープを頼み、君は悩みに悩んだ末、期間限定のデカい苺のクレープを頼んでいた。

普通、年頃の女の子なら写真を撮るのだろうけど君はそんなことをせずに幸せそうにクレープを頬張っていた。そういうところも好きだなと思う。

「海行かない?」

「そうだね、……ん?」

「いや、だから、海行かない?」

驚いて聞き返してしまった。急に海とか、君は変わっているし俺は海は好きじゃないしそもそもなんで俺と、なんて考えていたらいつの間にかクレープを食べ終わった君に手を引っ張られていた。


君と走って電車に乗って、海に着いた頃にはもう夕日が少し顔を出していた。

橙色で綺麗だった。

「へへ、いいね、来てよかったでしょ」

「そうかもね」と答える。

なぜ急に海なのかわからなかったが、夏休み中に夏っぽいことをひとつもしていなかったからこういうのも良いなと思った。

海を眺めていると君は靴と靴下を脱いで海に走って行った。

「あ、ちょっと!」

少し驚きながら声をかけると、お前もこいー!と大きな声で言ってくる。仕方がないから靴下を脱いで海に歩いた。


一通り遊び終わって君と砂浜に座り込んでいた。

もう辺りは薄暗くなってきている。

「満足したの」

そう聞くと君はへらへら笑いながら頷いていた。

君を見つめていると、一瞬あの時の顔をして微笑んで言った。

「私あとひと月で死ぬんだ」


「……は?」

じゃ、もう帰ろっか〜と言いながら君は立ち上がる。

俺は意味も理解できず声も出せなくて、なにも言えなかった。

帰りの電車でも言葉を交わさなかった。話す気にもならなかった。


別れ際君は「ごめんね、またね」と言った。

またあの時の顔だった。




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