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呪祓師  作者: 白詰草@ド素人
2章
8/8

2-2

「ちょっと待った!!!」


しんっとした空気があたりを制す。

切り裂くような声をあげて、青年の質問攻めを止めたのは葵だった。

それを眉間に皺を寄せながら話を聞く紅の、なんと煩わしげなことか。


「……なんだ」

「なんだ、じゃないわよ!あのね、1人で話を進めすぎ!研究所って何?2人だけでわかったふうに進めないでくれるかしら?それに何よりも優先すべきなのはこの子の治療でしょう!研究所だかなんだか知らないけど、それは後でもできることよね?優先順位を間違わないでくれる?」

「…俺の中ではどこぞの誰とも知らない奴よりそっちの方が優先順位が高いんだ。ほっとけ」


いつもより一段と冷たい態度に思わずため息が出る。何やら彼に思うところがあるのはわかるが、少々これは焦りすぎではないのか?


「……あのねぇ。何を焦ってるのか知らないけど、そんなんだとできることもできなくなるわよ。あなた今、周りが見えて無さすぎ」

「………」


それを自覚していたのか、黙した彼に背を向けルリという少女に向き直る。


「私の名前は葵、こっちは紅くん。よろしくね、ルリちゃん」

「は、はい…」

「まずはいくつか聞きたいことがあるんだけど…あなた、ご飯は食べたかしら?」

「え?」

「何も食べてないなら食べるべきよ。治療もそうだけど、服だってぼろぼろだし、着替えるべきだわ」


聞きたいことは、それから聞かせてもらうわねという葵に少しだけ安心の目を向けたルリ。それを何を考えているのかわからない目で、紅は見ていた。



*****


「……」

「………」


いくら駅前の人が集まりやすいところとはいえ、深夜に明かりのついている店はここ以外にはなく、室内の明かりが店外まで漏れている。

そんなカフェ【Clover】の中では、少女の足を器用に包帯で治療している葵と紅茶を淹れている薫、そしてそれを無言で見つめる紅の4人がいた。


「…よし!これで治療はOK!それで食べ物なんだけど…」

「余物で作ったサンドイッチでよければあるぜ。紅茶と一緒にどうだい?」

「あ、ありがとうございます…」

「それで、もういいだろ」

「はー、せっかちなんだから。…まずはこの子の事情を聞きましょう?そうすれば自ずと質問内容もわかってくるかもしれないわよ」

「…」


温かい紅茶を受け取り飲む少女を急くように紅が話しかける。それを咎めるように、葵が今一度口を開いた。


「えっと、長くなりますが…」


サンドイッチには手をつけず、彼女は語り始める。それは、彼女の過去の話だった。


「私、私はその…ずっと昔に別れた、同じ孤児院出身のレオを探していたんです。でも、その孤児院は…希望の楽園の襲撃にあってなくなりました…」

「…希望の楽園って、新興宗教みたいな名前ね」

「黙ってろ」

「はーい」

「それで大きくなった私が呪祓師になって、ほんの数日前のことです。——支部が、襲われたのは」


発せられた言葉に空気がざわつく。支部とは呪祓師協会の支部で間違いない。それが襲われたとはどういうことか。


「…襲われた?」

「……薫、そう言う話は聞いてるか?」

「あ、ああ。確か2日前だったかな…支部の1つが対抗組織の襲撃にあったって…」

「何それ?対抗組織ってなに?そのなんとかの楽園のこと?」


葵の疑問も最もだ。呪祓師に敵がいるとすれば、それは呪いなのではないのか。そんな疑問に紅が苛立ちながら答える。


「…俺たちとは反対に、呪いを生み出している奴らのことだよ」

「……」

「そもそも呪いってのはこんな頻繁にでてくるもんじゃなかった」

「そうなの?」

「ほんの100年前の話だ。呪いが世の中に溢れ出したのは」


そもそも呪いなんてものが名称化し差別化されたのがここ百年の出来事だと青年は語る。


「その原因を作ったのが、希望の楽園っていうイカれた研究者たちだよ」

「…ちなみに理由はわかってるの?」

「知るかよ、そんなの」

「ま、そうよね」


とはいえ今はそんな歴史の授業を聞いている時間ではないのだ。紅の話を一通り聞いた葵は再びルリに向き直り話の続きを促す。


「それで?」

「…それで、彼らに攫われた私は、そこで幼馴染と再会を果たしました…」


ぎゅっと手を握り下を向いて震え出すルリは、苦々しげに呟く。


「でも、でもレオは呪いを体内に入れられて、おかしくなってしまった…!」

「…呪いを体内にって、そんな簡単なことなの?」

「……あるにはある。が、そんな簡単にできることじゃねえな」

「…まさか」


呪いという感情エネルギーが人の体内に入るなど可能なのか?と紅と葵が議論している中、心当たりがあるのか薫が顔を曇らせる。

彼の頭の中にはあの時結衣に魅せられたカプセルが浮かんでいた。


「その子、カプセルみたいなの持ってなかったか?」

「カプセル?」

「え、いえ、そこまでは…」


だが彼女にはわからなかったらしい。とすれば、結衣は希望の楽園と繋がっていたことになるが…そこまで考えて、紅の言葉に思考を遮られる。


「…それで、基地にいる人数は?」

「え?だ、だいたいレオを含めて20人くらいでしたけど…」

「そのうちの2/3が研究員だとして…5、6人…あの程度の奴らなら、いけるか…?」

「こらこらこら、何を1人で突破しようと考えてるのよ。ていうか2/3が研究員て、楽観的すぎでしょ」

「…で?アジトの場所は?」

「話を聞きなさいな」


全くと言っていいほど話を聞かない青年にはぁ…とため息を吐く葵。それを見ながら、ルリは質問に答えた。


「えと、先ほどの裏山の一部が抜け穴になってたみたいで…案内なら、できると思います」

「そうか」

「…ちなみに紅くん。立ち上がって何するつもり?」

「行くんだよ、そこに」

「まぁわかってたけどねー。あのね、本当に何を急いでるのか知らないけど、仮にも敵の基地なんでしょ?1人で突破とか無理よ無理。敵対組織なら協会に連絡しましょ?」

「……そんな時間があるのか?」

「え?」


今まで葵の話を無視していた紅がふと口を開く。カタリ、とドアが揺れた。


「ソイツ、狙われてるんだろ?こんなところでゆっくりしてると、それこそ増援が来るんじゃないか?」

「…いや、いやいやいや。いくらなんでもそれは——」


そんなわけないだろうと話している最中にも、扉を揺らす音は鳴り止まず、ついにバンッと音を立てて木製の扉が壊れる。


「…ほら、来た」


むわりと現れた白い煙とともに2人の人間が姿を現す。彼らは紅睨んでいたかと思うと、ルリを見て表情を綻ばせる。


「ルリちゃん!!大丈夫!?」

「よかった無事だった…!呪祓師!!ルリちゃんを攫うなんていい度胸してじゃない!!」


まるで彼女が大切な仲間かのように話す2人を見て、一瞬ルリの表情が強張る。しかし2人がルリに近づく前に、紅が立ち塞がった。


「……薫、下がってろ」

「了解。ルリちゃんも、こっち」

「え、で、でも!」

「大丈夫、紅は強いから」


言いながらルリを下がらせた薫を見て刀を取り出した紅だが、何故かその場に残っている葵を見て眉を顰める。


「…お前も、下がってろ」

「今回は了承できないわね。相手バリバリ呪いの気配するし…なにより2対1でしょ?流石にキツいんじゃない?」

「逆にお前に何ができるんだ」

「まぁまぁ、あなたのを見て要領はわかったわ。要するに普段より霊力を込めればいいんでしょ?——後ろは任せなさい」

「…チッ」


ジャキッと音を立てて拳銃を構える葵に、これ以上何を言っても無駄だと諦めた紅は刀を構え直し、相手に向き直る。

それまでの行動を律儀に待っていた相手もまた、持っていた槍と拳を構えた。


「…こんな夜中に不法侵入とは、いい度胸してるな」

「お前らがルリちゃんを無理やり攫ったのがいけないんじゃないか!」

「ルリちゃんを返してもらうぞ、呪祓師」

「しるか、アイツが自分の意思で出てきたんだよ。…まぁでも、感謝してるぜ?お前らと合わせてくれたんだからな」


空気が凍る。数瞬の沈黙の後、3人が同時に一歩踏み出した。


槍と刀がぶつかり、金属音が鳴る。どうやら相手の武器は本物のようで、槍の矛先が紅の衣服を簡単に切り裂いた。

しかし紅はそれに一切動揺することなく、すんでのところで槍を避ける。

紅の隙を見てもう1人の男も青年に殴りかかろうとするが、後ろからくる光弾が男の顎を掠める。


「この…っ!」


男の方だけではない。槍を持った女の方にも、銃弾は向けられる。紅の隙をカバーするように、相手に攻撃させないように発射される光弾は確実にジリジリと相手を抑えていった。


「あの女、邪魔やねん!!」


もちろん、そんな状態を敵が許すわけもない。槍使いが視線を葵の方にやり、攻撃を仕掛けようと2、3歩踏み出したところで——


「あ、」

「まず1人」

「やんちゃん!!」


背中を一線する形で紅が相手に斬りかかる。それが急所に入ったのか、槍を持った女は意識を失い、その場にくずおれた。


「よくもやんちゃんを…!!」

「よそ見は厳禁よ」

「がっ…!」


女が倒れたと知って、怒り狂った男は拳を握り青年の頭目掛けて振り下ろす。が、その拳は紅に届く前に、頭に光弾を受けたことにより地に伏せた。


「ナイスショット!」

「…驚いた。数発俺に飛んでくるかと思った」

「そんなミスはしないわよ。これでも練習してるんだから」

「……そうかよ」


クルクルと拳銃を回しカッコつける葵を見て紅がぼそりと呟く。すると意外にも練習していたという女に、目を一瞬丸めた紅はすぐに表情を戻して破壊されたドアと荒らされた店内を見分した。


「…てなわけで、残り3人。いけるだろ」

「……まぁ増援、間に合わなそうだしね」

「…あの、紅さん、葵さん」


すると今まで下がっていたルリが一歩こちらに近寄ってきておずおずと話し出す。


「レオは、呪いに囚われてるだけで、本当はいい人なんです…!だから、だから…!!」


ぎゅっと両手を握り締め、涙を目一杯に溜める少女は掠れ声で助けを求めた。


「彼を、助けてください…!!私の、大切な人なんです…!」

「…はぁ」


だが、そんな少女を一瞥した青年は深いため息を吐く。その瞳には少女を助けてやろうなどという気持ちは微塵も写っておらず。


「悪いが俺には関係ないな。俺はただ俺の目的を果たすだけだ」

「っ、」

「それにソイツ…レオだったか?呪いを取り込んだのも自分の意思かもしれねぇだろ?ソイツの意思でやってるなら助けるも何もねぇじゃねえか」

「それは…」

「ストップ。…言いすぎよ」


淡々と話す青年の言葉にストップをかけたのは葵だった。女は少女を庇うように前に出て青年をキッと睨みながら口を開く。


「呪いは感情エネルギーの塊。感情に流されることは誰しもあるわ。それが悪だなんて言うことは誰にもできない」

「……」

「何度も言うけどね、焦りすぎなのよあなた。そんなんじゃいつか大切なものまで失うわよ」

「……今更ねぇよ、そんなの」

「は?なんて?」

「………俺は行く。着いてくるなら勝手に着いてこい」

「…はぁ〜あ、呆れた人」


大きくため息を吐いた女はクルリと少女の方に向き直ると、頭を撫でながらルリに話しかける。


「大丈夫よ、ルリちゃん。その人は私が助けるから」

「…っ、ありがとう、ございます…!」


それを見ていた紅が何を思っていたのか。それはまだ、彼の他に誰にもわからないことである。

おまけ


「…というか店のドアも壊れて店内も荒れたんだが……これ、俺がマスターに報告するのか?」

「……後始末は頼んだ」

「……頑張れ薫さん!」

「おいおいおい!!!」


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