2-1
10月7日、改訂しました。
薄暗い山の中を、裸足で走る少女がいた。
「はぁ、はぁ、はぁ…っ!!」
「どうして、レオが……!」
目にはいっぱいの涙を浮かべながら、スカートをはためかせ、必死に走る少女は何を考えているのか。
「っあーー」
しかし運悪く、少女が走っていた足元が崩れ落ちる。そして少女は崖下へと落ちていきーー。
*****
町外れの山の麓、街灯もない中でぼんやりと灯りが2つ灯っている。
もうそろそろ秋になるかという頃、肝試しには少々遅い時期に2人の呪祓師ーー紅と葵は見回りにきていた。
「今日の見回りはこれで終わり?」
「あぁ。…こんな夜遅いけどお前家族は大丈夫なのかよ」
「あぁ、私は大丈夫よ。あなたは?」
「……一人暮らしだ」
「それもそうか、こんな夜中に頻繁に出歩いているのに誤魔化すのはちょっと無理があるからね」
くだらない会話をしていると、ガサガサっと草木を揺らす音が山奥に響く。それに気づいた葵は懐中電灯をそちらに向けた。
「…?ねぇ、今何か聞こえなかった?」
「は?」
「こっちの方から…」
草木をかき分け、獣道を進んでいくとライトの灯りが白い何かを映し出す。もちろんそれは、呪いではない。
「え、」
「……は?」
そこには1人の少女が横たわっていた。金髪の髪は二つ結びにしている推定15歳くらいの少女は、腕や足の至る所に細かな傷がある。しかも、よくよく見れば靴を履いてない。
「…女の子、ね」
「……生きてるのか?」
「……脈はあるみたい。とりあえず救急車かしら?」
「だな」
明らかに異常な少女を見て脈を取る。とくとくと肌の下から脈を感じ取り、とりあえず生きていることを確認したあと、意識のない少女にとりあえず救急車を呼ぼうと意見が一致したところで…少女が、飛び上がるように起きた。
「っ!!!」
「あ、起きた」
「あなた達は…?」
鈴の鳴るような美しい声に、綺麗な青色の瞳を持った少女が不安げに呟く。とりあえず自己紹介をというところで、少女の視線が葵の持つ拳銃に向いた。
「その拳銃…」
「あ、違う違う、これはおもちゃでーー」
「ひょっとして、呪祓師の方ですか!?」
「あら、同業者?」
一瞬焦ったものの、同業者だとわかった葵はほっと一息つく。しかし彼女は違ったようで、葵の腕をギュッと掴み、縋るように声を上げた。
「お願いします!レオを、レオを助けてください!!!」
「…レオ?」
その名前に2人は聞き覚えがない。とにかく、今は焦る少女を落ち着けなければと声をかけようとしたところでーー
「あー、見つけた!」
背後から声が聞こえてくる。
振り返ると、そこにはガタイの良い男性が大きな斧を持って立っていた。
ざわり、と周囲の空気がよくないものへと変わる。それはもちろん、男が現れてからのことだ。
「もーだめじゃないかルリ、裸足で出歩くなんて…」
「……誰だ、お前」
「お前こそ誰だよ。…ん?その刀…まさか呪祓師か?」
「あら、あなたも同業者?」
「いーや、お前らと一緒にして欲しくないね!俺たちは新世界を作るものだよ!!」
「…新世界…?」
「それより〜」
変化した空気を感じ取ったのか、紅が一歩前へ出る。男の姿を見て怯えるようにカタカタと震え出した少女を庇うように、葵は彼女を抱きしめた。
「ルリ、ソイツら危ないからこっちにおいで。レオも探してたよ?」
「…っいやです!あなた達のところに戻るわけには…!!」
瞳に涙を溜め、叫ぶ少女に男は駄々をこねる子供を相手にした時のようにため息を吐く。それを見て、男を睨んでいた紅が静かに口を開いた。
「……おい、お前」
「はいはい」
「アイツから呪いの気配、するか?」
「…なんでわかったの?探知、苦手じゃなかったっけ」
そう、不思議なことに男からは呪いの気配がする。それも、どちらかといえば喜怒哀楽の喜や楽の感情といった正の部類の…。そういった呪いはどちらかといえば生まれにくく、また人間から呪いを感じ取ることが初めての葵はより警戒していた。
「…アタリだ」
しかしどうだろう。女の言葉を聞いて紅はニヤリと邪悪な笑みを浮かべる。そして刀を取り出したかと思うと、葵と少女に話しかけた。
「下がってろ。つーか、邪魔すんな。コイツは俺の獲物だ」
「えーまたぁ?まぁいいけれど。まぁ私の光弾は人間相手に聞くかわかんないからね」
まぁそもそも、相手が人間かどうかも不安なところだが。
様々な思考を巡らせつつ、とりあえず青年の言うとおり数歩その場から下がった2人を確認した男は、先ほどよりも深いため息を吐きながら頭を掻き口を開いた。
「これだから呪祓師はいやなんだ。物事を穏便に済ませようって気がないんだから」
「悪いな、物騒で。あいにくお前に用ができた。俺の相手をしてもらおうか」
「仕方ないなぁ…死んでも、文句は言うなよ?」
いい終わりに、男が大斧を持って紅へと振りかぶる。振り下ろす瞬間、斧が光ったかと思えば、紅がいた地面が抉れへこんだ。
「どかーん!!!」
破片が宙を舞い、抉れた地面が男の斧の攻撃力を表している。
「っ!?じ、地面が割れた…!?」
「……っ、」
悲鳴を噛み殺すように震える少女と、高い攻撃力に驚く葵。しかしどうだろう。攻撃を受けた当の本人である紅はそれにものともせず悠々としているではないか。
「へー、驚かないんだな。呪祓師の奴らは大抵腰を抜かすんだが」
「まぁな。それくらいのことで驚きはしねぇよ」
「……なんだと?」
「しょぼいっていったんだ、雑魚」
それどころか敵を煽る紅に女は思わず顔を引き攣らせる。相手はこちらを殺す術を持っており、対して青年が持ってるのはただの模造刀だ。どう見てもこちらが勝てる術が見えないのに何をやってるのだろうか。
「……くっ、あっはっはっは!!雑魚か!!雑魚にそう呼ばれるのは初めてだ!!」
「そうかよ」
「じゃあ本当に雑魚かどうか、この一撃を喰らってから言うんだな!!!」
案の定怒った相手は先ほどより力を溜め、紅に斬りかかる。横凪に一線、斧を斬りかかるがそれを屈むことで避けた。
しかしそれを待っていたかのように、男は斧の軌道を変え、青年の頭目掛けて振り下ろす。
先ほどより輝いている斧に、青年は避ける術もなく当たるはずだった。
「おせぇ」
「……ぁ?」
しかし、それよりも早く青年が一歩男の間合いに踏み込む。
標的を失った斧は見事に空振り、逆に青年の一撃は男の身体を一線した。
どさり、と男が地面に倒れ伏す。僅かながら男からは血が出ていた。
「……お、おぉ〜…?え、何?今何が起こったの?怪我してるし、その人…どう見ても刀傷だけど、え?紅くんのそれって模造刀よね?」
「…コイツの呪いを斬っただけだ。副次的に、身体も少し斬れちまったけどな」
「そんなことできるんだ…。…とにかく、これからどうするの?ソイツとこの子、連れて帰るんでしょ?」
「……タクシー呼ぶか」
「いやいや!刀傷ついた人いるのに呼ぶのは無理あるわよ!!」
2人が話し合っていると、少女がおずおずとした声で話しかけてくる。
「…あ、あの…」
「……なんだ」
「た、助けてくださって、ありがとうございます」
「あなた外国の人よね?日本語上手ね!」
「あ、一応日本生まれなので…」
「へぇー!」
少女と葵が話している間に、紅は電話でどこかへと連絡する。
「…ん?どこに電話したの?まさか本当にタクシー呼んだんじゃ…」
「薫に連絡した。多分十分後には来てくれるだろ」
そうして紅は少女の方へと振り向き、厳しい視線を投げかけながら口を開いた。
「それまでは質問の時間だ」
「っ、」
びくりと震えた少女に、葵が庇うように立つ。
「ちょっとぉ〜!怖がってるじゃないの!!」
「あ、いえ!ぜ、全然大丈夫です!!」
それに応えることなく、紅は話を続けた。
「…俺が聞きたいことは3つ。1つ、お前はどうしてここにいる?」
「えと、私はルリと申します。それで、ここにいる理由は……彼らから、逃げてきたんです」
「2つめ、それは研究所…希望の楽園からであってるな?」
「っ!?な、なんでそれを?」
「3つめ、」
「奴らのアジトを教えろ。今すぐに」
ざわりと一陣の風が吹いた。