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電車とバスを乗り継いで、さらに歩いて1時間のところにその建物はあった。森の奥にある四角い鉄の建物は、一見するとなんの建物かわからない。
「ふーん…やっぱり本部と比べると小さいのね」
「そりゃそうだろ」
自動ドアをくぐり、中に入ると受付であろう人がカウンターの奥にいる。それに薫が声をかけて幾許か話したあと、こちらに戻ってくる。
「とりあえず俺は用事を済ませてくるから。とりあえず待合室まで案内するな」
そういって案内されたのは待合室というには簡素な作りをした部屋だった。観葉植物が置いてあるだけの、少し狭い一室がここに客人が来ることはほとんどないのだと知らせてくれる。
「しばらくここで待っててくれ。後で一緒に見学しような」
パタンと扉が閉じ、2人きりになる。意外にも空間を支配したのは沈黙で、女は黙って何かを思案しているようだった。それに対して男は話しかける必要もないだろうと同じく口を閉ざしていると、ガチャリと扉が開く。
「あ、やっと見つけた!呪祓師の方ですよね!」
「は?」
「もーこんなところにいたんですか?器具の調整ができましたのでこちらへどうぞ!!」
「いや俺らは…」
「はい!じゃあ行きましょう!!」
「おい!!」
どうやら誰かと勘違いしているようだ。それを訂正しようと男が口を開く前に、女が肯定の意を示す。文句を言う男の口を塞ぎ、腕を組まれてしまえば、男にはどうすることもできず嫌々ながら引きずられていく。
そうして移動した先、20畳はゆうにあるだろう大きな部屋に通される。どうやらここは実際の器具を試す実験ルームなのだと行き側に聞いた。
「流石に広いわね。それで?私たちは何をすればいいの?」
「はい!この器具を使ってみて欲しいのです!!」
言いながら、丸い玉のようなものを渡される。青色に光る球体は、一見すると飴玉様にも見えるがその異様な煌めきが菓子ではないことを示している。
「これを?」
「こう…霊力を込めて、地面にポイっと!」
「こうかしらね」
言われた通りに女が球体を地面にぶつけると、玉は呆気なく壊れ、そこから透明な四角い壁が現れる。薄い壁はそれでもそこに存在感を表しており、白色に光っていた。
「わ、すごーい…これ壁?」
「はい、陰陽師の方々が作る結界の術をさらに軽量化したものです。霊力の消耗もあまりなく、咄嗟に使えるということで自慢の逸品なんですよ!」
「あれ、でも私たちは触れないのね」
「一応呪い専用のものですから…」
コンコン、と叩こうとしてすり抜ける壁を不思議そうに見つめる女を置いて、器具師が男の方にも声をかける。
「ささ、あなたも使ってみてください」
「いやだから俺は…」
「これはその人それぞれの属性にあった衝撃波を作るものでーー」
そうして器具の説明を始める器具師に今度は赤い玉を渡される。受け取った…というより受け取らされた男は渋い顔をしながらそのままそれを女に手渡した。
「…おい、任せた」
「え!いやよ。自分でやったら?」
「できない理由があるんだよ」
「でも私、紅くんの属性知りたいなー」
「そんなもん後で教えてやるから」
「ささ!まだ発明品はあるんです!早く早く!!」
が、そう上手く行くはずもなく。押しに押されて結局男は実験をすることになってしまった。
「………はぁ…わかったけど、後悔するなよ?」
あと離れとけ、と呟いた男は少し離れたかと思うと、手に持った球体をギュッと握り締めた。同じくらいグッと顔を顰めたかと思うと、軽く地面に叩きつける。
ーー次の瞬間、その場に業火が現れた。
「……は、」
「…ぇ、」
「……………まぁ、そうだよな…」
業火は一瞬にして部屋の半分を飲み込み、焦げ臭い匂いがあたりに充満する。そして警報器が作動し、部屋に雨が降り注ぐ。
ポカンと口を開ける2名の人物に、居心地が悪そうに目を逸らす男。その沈黙を破ったのは、研究者だった。
「す、すごい!!!本来ならばちょっと熱いくらいの炎しか出ないのに、こんな、警報器が鳴るくらいの炎を出すなんて!!霊力の炎が実体化するなんて、あなた相当な霊力がおありなんですね!!
「……お前、これ見てもビビらないなんて、メンタル強いな」
「やだちょっと服が濡れちゃった!!タオルタオル…!」
「お前はなんでタオル持ってんだよ」
怯えるそぶりを全くといっていいほど見せない2人の様子に、男は内心でホッと息を吐く。特に女の方は、これがいかに異常なことかわかるかと思ったが、どうやら男が思っていたより女は知識に乏しいらしい。それか超ド級の能天気かのどちらか。
しかし全員が全員呑気なわけではない。ドタドタと足音が聞こえてきたかと思えば、バタン!とドアが音を立てて開く。そこには初老の男性が息を荒げて立っていた。
「何事だ!!!」
「しょ、所長!!」
ある種の感動を示していた器具師が途端に顔色を青くして喉を引き攣らせる。おそらく、部屋を半分焦げ付かせた責任を取らせられる…などと考えているのだろう。ご愁傷様だ。
だが所長と呼ばれた男性は器具師になど目もくれず、この現状を引き起こした男の方を見やり、顔を顰めたかと思えば威嚇するような低い声を出す。
「…お前、ここに何の用だ」
「……別に、ただの見学だよ」
「はん!お前のような人間にこの研究所を見て回っても何もわからないだろうがな」
「…」
「なんだその目は?言いたいことでもあるのか?」
「…」
「チッ、気味の悪いガキめ…」
それに男が何も言わずに黙っていれば、所長はわかりやすく舌打ちをする。それにムッとした女が何か文句の一つでも言ってやろうと口を開いた時ーー警報器が、支部全体に響き渡る。
「今度はなんだ!!」
「A-2の加賀の部屋で突如巨大な呪いが発生!原因不明です!!」
支部内での、突然の呪いの発生に支部全体が混乱に陥る。その中でトップであるはずの所長は何故か紅に掴み掛かり、怒りをあらわにした。
「やはりだ!お前が来たから、お前がいるからこんなことになるんだ!!この疫病神!!!」
「……ちょっと、いくらなんでもーー」
「いい。それより薫が心配だ、俺は見てくるから…」
「まさかこんな気分が悪くなるような場所に置いくなんて言わないわよね?」
「…はぁー…好きにしろ」
いい加減にしろと言おうとした女だが、男が落ち着いた様子で手を退けたことで怒りを飲み込む。それよりもという男に、こんなところに置いていくなと言った女とともに渦中へ飛び込むべく、足を動かした。