0-1
*9月25日手直ししました。
駅前の広場、その通りにあるカフェ【Clover】は今日も今日とて閑古鳥が鳴いている。
喫茶店の風貌を持っている店内にはクラシカルなBGMが流れており、その音楽を聴きながら、男が1人、グラスを拭いていた。
珍しい青色の髪をした青年は、カフェの制服であろう服を身につけて背筋よく立っている。胸元に光る水晶がキラリと光った。
青年が一通りの洗い物を終えたところで、ドアベルがカランと鳴り来客が来たことを告げる。
入ってきた女は、そのままカウンター席へと座りニコリと微笑んだ。
「こんにちは、紅。相変わらずここは静かで良いね」
「…客がいないからな。それで、注文は何にするんだ?理沙」
「うーんそうだな…今日は珈琲の気分かな。それとパウンドケーキを1つ」
理沙と呼ばれた女性はにこりと笑いながらメニュー表を片手に慣れたように注文する。それに男は黙って珈琲を入れ始めた。
そして数分後、女性の目の前には湯気の立つ珈琲と生クリームが添えられたパウンドケーキがあった。
ケーキを一欠片口の中に含むと、ほんのりと甘いスポンジと生クリームの甘さが口内に広がる。その甘みをリセットするように、苦味のある珈琲を口に含めば彼女は満足そうに口を開いた。
「うん、やっぱり紅の珈琲は美味しいね。なんで人気が出ないんだろ?店の場所も悪くはないはずなんだけどなぁ」
「…言っておくがこの時間帯に人がいないだけで、いつもはもうちょっと客は来る。お前が来る時間帯が悪いだけだ」
「もう、またそんなこと言って…」
暖かな飲み物に、甘いお菓子。穏やかな時間が店内に流れる。
しかしどうしてだろうか、今日の彼女はどこか落ち着きがないように思えた。
「……今日は、どうかしたのか?」
「え?」
「いつもお前が言っている友達の名前が出てこない」
すると彼女は途端に顔色を暗くして俯いた。青年が黙って待っていると、ポツリポツリと話し始める。
曰く、街の外れにある廃墟に大学の友人5人で肝試しを行うことになったのだと。もちろん許可など取っているはずもなく、犯罪行為そのものなのだが…
「それよりあそこ、行った人が狂っちゃうっていうので有名で…ゆ、幽霊とか、出るのかな…」
「…さぁな、怖いならお前は行かなければ良いんじゃないか?」
「だめだよ!だってあの子も行くんだから」
あの子とは理沙の幼馴染であった。臆病な性格であるらしい彼女に理沙はいつも心配げに話している。だからだろう、そんな危ないところに彼女も行こうとするのは。
「……なら仕方ないんじゃないか?もう何もないことを祈るしかないだろ」
「そう、だけど…」
「俺に言ったところでどうにもならないだろ。それだけ嫌ならその友達を説得するんだな」
話は終わりだと区切る彼に彼女は俯く。カップ内の彼女の顔は、晴れないままだった。
*****
「よし、全員集まったな!」
深夜、丑三つ時と呼ばれる時刻に5人の青年が集まった。蝉の鳴き声が騒がしい夏夜に森の近くの廃墟の前、騒がしい5人組はカメラ片手にわいわいと騒いでいた。
「結局理沙も来たんだな」
「来たくなかったけど…あの子が心配だもん」
「し、心配しなくても大丈夫だよ」
「サクッと行ってお化けとって帰ろうぜ!!」
「おーい!」
「あ、悪い。ちょっと言ってくるわ」
言いながら陸と呼ばれた男は残る2人の元へと行ってしまう。残された2人の女性は互いに目を合わせるとため息を吐いた。
「どうしてアイツはあなたが無理してるのに気づかないのかな…」
「ま、まぁまぁ、仕方ないよ。私が言わないのが悪いんだし…」
「…もう!自分を責めるのはあなたの悪い癖だよ!!」
「おーいそろそろ行こうぜ!」
そう話す2人を少し遠くで先ほどの男が2人を呼ぶ声が聞こえる。それにしかたないとでもいいだけに、彼女たちは共に歩きだしたのだった。
軋む床、真っ暗な部屋をスマホのライトがぼんやりと照らしてはくれるものの、それでもなお暗い。玄関から廊下、リビング、キッチン、お風呂ときて、いよいよ二階に上がろうという時だった。
「…そういえば、ここはどうして廃墟になったの?」
「なんだよ理沙、今更…この家の持ち主が一家心中が起こったんだって。今から行く二階が、その現場」
「く、詳しいんだね」
「まぁ有名な心霊スポットだし?何十人もの人が無事に帰ってきたんだから俺らも問題ないって!」
明るく笑う男もどこか不安そうだ。この家の空気に飲まれているのだろう。何せこの家は、どこか薄ら寒い何かを感じるというか…。
「…わかった。じゃあ早く行って帰ろう」
彼女が言いながら、先導を切る。そうしてたどり着いた二階の部屋にはーーなにも、なかった。
「……な、なんだよ。なんにもないじゃねぇか」
「…本当に、家具の一つもない…」
言葉通り、その部屋には家具はおろか血の跡らしきものもなく、ただの少し古い部屋というものだった。皆が皆、拍子抜けしたように肩を下ろした時…1人だけ、様子がおかしいことに気がつく。
「…?ねぇ、どうしたの?」
「あれ?お前、震えてんじゃん。大丈夫だって、ここには何にもなかったから…」
そう言って男が彼女の肩に触れた時だった。彼女がバッと顔を上げる。その顔には恐怖の色がこびりついていた。
「きゃぁぁぁぁああああああ!!!!」
彼女が叫んだ瞬間、窓ガラスが割れる。その声に呼応するように、ゆらりと影が現れた。
「な、なんだ!?」
真っ暗な闇を彷彿とさせるそれは、流動体のようにうごめき、表面をぶつぶつと泡立たせながらそこに存在していた。かと思えば、口であろう部分を大きく開け、一瞬で2人の人間を呑み込んだ。ガチャンと彼らが持っていたカメラが無惨に落ちる。それに驚いたのか、女性はさらに叫び声を上げた。
「いや、いやぁぁぁあああ!!!」
「おい!落ち着けって!!」
「あ、あ……」
へたりとその場に座り込んだ理沙は何もできない。逃げることも、叫ぶことも、何も。
そしてその強靭は、ついに彼女自身へと向くことになる。ぽっかりと空いた口の奥に、無数の目が見える。それはまるで、この怪物に飲み込まれたものの末路に見えて…
「た、すけ…」
バクリ、と喰われる…はずだった。
しかし女性は5体満足で地に足をつけている。それは何故か。突如現れた青年が、目の前の怪物を手に持った刀で一刀両断したからだ。
「え…?」
呆気に取られているのも束の間、化物はまるで怒っているかのように身体を動かし、威嚇する。しかし男はそれに一切動揺することもなく駆け出し、怪物を一閃した。
その一撃を受け、ほろほろと塵のように怪物が崩れ去る。そうして中から2人の気の失った青年が現れた時、ようやくその若者は口を開いたのだった。
「………事情を説明する前に、とりあえずここから出るぞ」
残された3人は、青年の言葉に従う他なかった。
*****
夜、本来ならば開いていないはずのカフェ【Clover】に明かりがつく。2人の男を自宅に送り届けた青年たちは案内されるがまま、この喫茶店に訪れていた。
「それで、何が飲みたい?」
そこが定位置だと言わんばかりにカウンターの奥で青年が話す。だがそれに応える者はいない。
「…とりあえずホットミルクでいいな」
かちゃかちゃとコップを取り出しながら言う青年に陸は苦い顔をする。
「それより、さっきのあれは何か説明してくれよ」
かちゃり、青年が準備していた手を止める。話の続きを促しているようだと悟った彼はさらに口を開いた。
「あの化け物なんなんだ?アイツらは大丈夫なのか?そもそもアンタはなんなんだよ」
「質問が多い。…まぁしかたないか。順番に話してやる」
再び準備を始めた青年だが、今度は口も動いていた。
「まず初めに、あの2人だが問題ない。呪いに一時的に触れて気を失ってるだけだ」
「呪い?」
「興奮した時、悲しい時、嬉しい時なんかの感情が動かされた時に出てくるエネルギーのことだよ」
牛乳を温めながら、青年は話し続ける。
「簡単に説明すると、このエネルギーが一定数超えると呪いになる。呪いはそれぞれ感情に即したエネルギーを持ってて、さらにエネルギーを集めるために人に害をなしたりする」
「例えば恐怖の呪いの場合、恐怖の感情を得ようとするため恐ろしい怪物の形をとったりな」
「…あ、じゃあひょっとして私たちが見たものも…」
「幻覚とはまた違うが似たようなもんだ。あの2人が倒れてたのは、エネルギーの塊に触って一時的に不安定になったからだな」
蜂蜜を少し入れ、3人の前にコップを差し出した。
「まぁ死にはしないが悪くて廃人になる。よかったな、俺が間に合って」
「…じゃあ、アンタは何者なんだよ。そんな刀持って、銃刀法違反じゃねぇの?」
「切れないから安心しろ。ただの模造刀だよ」
チラリと刀の方に目をやり、ついで呪いについての説明を始める。
「まぁ呪いってのはエネルギーの塊なんだが…そんな物体を消すにはどうすればいいと思う?」
「…えー、反対のエネルギーをぶつけるとか?」
「外れちゃいないが難しいな。大まかにエネルギーには正のエネルギーと負のエネルギーがあるんだが、大抵そこらに転がってるのは負のエネルギーだ。正のエネルギーはな、集めるのが大変なんだよ」
「へー…そうなんだ」
「…より高度なエネルギーをぶつける、とかですかね?」
「あたり」
女が暖かなホットミルクに口付ける。ほんのりと蜂蜜の香りがするそれは、心を落ち着かせてくれた。
「人間には生命力の他に霊力ってのがある。これは感情エネルギーの上位互換だ。なんせ密度が違う」
「密度…?」
「まぁ質みたいなもんだ。それでその霊力を思い切りぶつける。すると弱い方の呪いは霧散するってことだ」
他に質問は?と尋ねる青年に、今まで黙っていた理沙が口を開いた。
「…紅は、いつもあんな危険なことしてるの?」
「……いつもじゃない、あんなに大きい呪いは稀だからな」
そもそも、と彼は口を開く。
「あの廃墟に付随する噂、あれは嘘だ」
「えっ!?」
「当然だろう、一家心中なんて起こってたらニュースに取り上げられるはずだが、ここ数十年、そんなニュースは探したけどなかった」
「じゃ、じゃあなんで呪いが出たんですか…?」
「噂だよ」
真剣な顔で彼は語る。
「噂が人を呼び、人がエネルギーを出して、それが呪いになったんだ」
「…そんなに簡単に呪いってなるものなんですか?」
「そうだな…例えばの話だが、ただくらい部屋にいるのと、お化けがいるかもしれない暗い部屋にいるのとじゃ恐怖の度合いが違うだろ?その恐怖を助長させるのが呪いだと思ってくれ」
「話は終わりだ。これに懲りたら肝試しはアトラクションのものにするんだな」
そう言って飲み干されたホットミルクのカップを受け取ると、手短に洗い、店を出る。
そして3人を送る帰り道、理沙と2人きりになった時、彼女はずっといえなかったことを言うために口を開いた。
「…あの、助けてくれてありがとう」
「……別に、これが仕事みたいなもんだからな」
「…うん」
「………まぁ、無事でよかったよ」
「え?」
「なんでも」
暗闇の中、フッと男が笑う。本当は話していないことがまだまだたくさんあった。けれど、それは彼女が知らなくていいことだ。日向の世界で生きる彼女には。そうして日陰の世界で男は今日も生きていく。
「ーー見つけた」
そんな彼を見つめる影が1つ。闇夜に主張する、真っ白な影は目を合わせた。
どうもみなさまこんにちは。呪祓師、第一話をご覧いただいてありがとうございます。
読んでいただいた方はお察しの通り、後半適当になっていますがそれでも読んでいただいてとても嬉しい限りです。
さて、この呪祓師というお話は私が小さい頃から考えていたお話を色んな人からアドバイスをもらいながらリメイクした物語です。なので若干設定が古かったりする場面もあるかもしれませんが、少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
それではまた次回お会いしましょう。ではでは