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番外01 元勇者の心境

 ツヴァン・カルマエンド。


 それが俺の名前だ。


 まったくもって向いていないと思っていたが、昔……まがりなりにも勇者をやっていた。


 大勢いるうちの一人だったが。勇者であった事には間違いはない。


 けれど、それは自分からすすんでなったものじゃない。


 俺はただ、正義のために剣をふっていられるのなら、それだけでよかったのだから。


 俺が行きつく末路をあの頃の俺が知っていたなら、勇者になどなっていなかっただろう。


 とある人物から推薦された時に、断っていたはずだ。

 

 俺を勇者にと薦めたその人物の名前は、不死の勇者デュランダル。


 最初の勇者……始まりの勇者である、有名な人物だ。


 殺しても死なない男だし、寿命で老いる事もない。


 病はどうだか分からないが、奴はずっと健康体のままだったから、それに悩まされる事はないのだろう。


 俺は、そのデュランダルから勇者に任命されて、奴の剣を受け継いだ。


 正義のために勇者の力を使えるならこれ以上ないほど喜ばしい事だ。


 そう、小僧だった昔の俺はそう思っていた。


 実際勇者の力は驚異的で、物事をすばやくおさめるのには、これ以上ない力だったから。


 俺はその力と共にあり、これからも使い続けるだろうと考えていた。


 そんな俺にデュランダルの奴は、力の使い方を口出ししてこなかった。


 俺が勇者になった後、あいつは得意の家事に精をだし、妻を見つけてのんびり生活していたからだ。


 勇者と言う重荷を肩から降ろしたあいつは、自由そうだったから、後々嫌気がさしたときでも、なんでこんな面倒なものを俺におしつけたのかなんて言えなかった。


 俺は強大な力を持つあいつを尊敬していたし、幸せになってほしいと思うくらいには付き合いがあったから。







 そういったわけで、小僧だった頃の俺は俺は勇者というものをやっていた。


 他の事なんて、見向きもせずに。


 来る日も来る日も、悪を切り伏せていった。


 そんな俺は、ある日一人の女に出会う。


 その女の名前はリーゼ・フィゼット。


 騎士の、女だ。


 そいつとは、仕事の中で出会った。


 俺は自分より弱い人間のことをあまり覚えなかったが、女が騎士になる事は珍しかったため、初対面でも意識に残った。


 そんなリーゼは、今時の珍しい性根の真っすぐな人間だった。


 自分の理想を形にしようと常に努力を忘れない。


 しかし、その理想を現実にする力はなかった。


 剣の腕はそこそこ。一般的な悪党を倒したり、弱い魔物を切り伏せる程度だった。


 だから剣をふるよりも他の……医療者にでもなった方がいいのではないかという具合だ。


 手当の腕に関しては、他のどの騎士よりも上だったからだ。


 ちぐはぐな存在。


 だからだろうか。


 俺はことあるごとにそいつの言動が気になってしかたなかったし、やることなす事を目で追うようになっていた。


 もしかしたら、そいつに惹かれていた、のかもしれない。


 今になっては分からない事だが。


 とにかく世話好きなそいつと知り合った俺は、共に行動する事が多くなった。


 あいつは人が良くて、困っている人間をみたら放っておけない性分だったから、常にトラブルに巻き込まれていて、目が離せなかった。


 自然とあいつの尻拭いに奔走する事になって、一気に毎日が忙しくなった。


 けれど、不思議と悪い気はしなかった。


 その日々が永遠に続いてもいいと思えるくらいには。







 けどあいつは、命を落とした。


 あいつが持っていた家宝を得ようとした連中が、仲間だったやつが、あいつをはめたのだ。


 説得なんてきかなかった。


 味方としてともに活動する事も少なくなかったそいつは、更生の余地もない悪人だった。


 だから俺は殺したのだ。


 正義のために。


 悪を一つでもこの世界から消し去るために。


 けれど、むなしさややるせなさが残って……?。


 馬鹿らしくなって勇者の責務を放棄したのだ。


 リーゼは、その時の出来事で死んだ。


 あいつは良い奴だった。なのにそんな良い奴が生きられない世界なんて、守ったところで意味があるのか?


 それで、裏切った連中とのいざこざを経た後、とある場所で倒れていたのだが。


 そこを一人の少女に発見された。








 傷だらけで倒れていた森の中。


 かすむ視界の中に、一人の少女が現れた。


「貴方、泣いてるの?」


 そいつはわけのわからないことを言って、土に汚れた俺の顔をぬぐった。


「待ってて、今近くの村から人を呼んでくるから。絶対に助けるから」


 そのままにしてくれ。


 放っておいてくれ。


 そう言いたかったけれど、喉が乾ききっていて、咳しか出なかった。


「だからもう泣かないで」








 その後、俺は近くにあるカルル村で手当され一命を取り留めた。


 そして、ウティレシア邸に連れてこられたのだった。


 俺を助けた少女……貴族のお嬢様は、俺の傷が開いた事で心配そうな顔になり、俺が倒れていた事を思い出しては悲しそうな顔になり、俺がしばらく何も食っていないといえば不安そうな顔で「どうやって皆にあやしまれずにご飯を 調達しようかな」と言い出す。


 ずっと人の事ばかり考えているようだった。


 俺は善人ぶった奴が嫌いだ。


 見ていると、むしずが走った。


 それは、昔勇者をやっていた時の最後、裏切られた顛末のせいだろう。


 だけど、それだけではない。


 あの決定的な瞬間だけでなくとも、日ごろから鬱憤はたまっていた。


 力を持っていた俺は、常日頃から見たくない人の面をたくさん見てきた。


 権力や富のために、平気で人を傷つけ、裏切る連中を。


 だから、口先だけ良い奴ぶっている奴が信用できなくなったのだ。


「この間はわざわざ助けに来てくれてありがとう。私、貴方に恩を返したいの。だからできることがあるなら何んでも言って」


 ステラお嬢様とか呼ばれてるやつ、そいつも同じだと思った。


 理想を叶えるだけの力もないくせに、喋りだけは一人前。


 そいつも、どうせその時がきたら人を裏切るはずだ。


 だから、憎かった。


 自分から守るべきものを奪った連中。


 そいつらと同じ場所に立っているそいつが。


 勇者であった時、庶民の出である俺を蔑み、見下してきた貴族と同じそいつが。







 それからしばらくの時間がながれた。


 信じがたい事に俺を拾った少女は、心の底から能天気なお嬢様だったらしい。


 自分の理想を信じてやまない、人の善意を疑えない純粋培養というやつだ。


 そいつは、お綺麗な理想ばかりを口にしているだけでなく、本気で実現しようと努力していた。


「たくさんの人達を守りたいの。そのために私は強くなるわ。学校にも入って、たくさん勉強するの」


 だから、呆れてものも言えなくなった。

 自分の中の、敵意がそがれていくのを感じた。


 しかし同時に、別の不愉快さが膨れ上がった。


 少女が述べる守りたい人間達が、良い奴らだとは限らない。

 その中には、守った後で背中を刺してくるような奴はいるはずだ。


 いつだったか、森の中で死にそうになった時は、無性に腹が立った。


 自分でもなんでこんなに腹が立つのか分からない。


 けれどその頃から、目を離せなくなっていた。


 そいつは勇者になるために、修行をつんで強くなっていく。


 養成学校、なんてものに入学して、剣を学んでいきながら。


 理想と実力が比例していなかったのが、だんだん状況が変わっていったのだ。


 勇者の一人すら倒して見せた。


 俺は、そいつなら本当に、本物の勇者になれるのではないかと思った。


 理想を現実に、本当へ変える事ができる勇者に。


 けれど、世界は残酷だから順番に障害物をおいてくれるわけじゃない。


 あいつは危機に陥った。







「お久しぶりですね、元勇者、あなたにお話があります」


 俺はその話を女神から聞くことになった。


 何の理由があってかは知らないが、俺は女神に気に入られているようだから。


 たまに向こうから、姿を見せに来るのだ。


 一般人に姿を変えた女神は俺に未来を伝えてくる。


「ステラ達が数日後に魔物の手によって命を落としますよ。行かなくての良いのですか?」


 日頃はふざけた称号を人につけたりしているやつだが、肝心な所で嘘をつくような女神ではない。


 それはおそらく放っておけば本当になるのだろう。


 だから、その女神の知らせを聞いて、その場所にかけつけた。


 危機に満ちた町へと。


 死の気配しかしない場所。


 おそらくそう長くは持たないその場所にいても、あいつ等は諦めていなかった。


 だから託そうと思ったのだ。

 

 俺がなれなかった勇者の夢を。


 きっと、あいつなら果たしてくれると、そう思って。




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