第74話 勇者誕生
時間の感覚が次第にあいまいになってくる。
ただ手の痛みだけが、強烈に頭に焼き付いていた。
何度剣を振ったかわからない。
どれくらいの数の敵を葬ったのかも。
とっくに体力は限界を迎えていて、気を抜いたら膝をついてしまいそうだった。
それでも意地で、限界を超えて、剣を振り続ける。
一人でも多くの人間を救うために、一体でも多くの敵を葬るために。
しかし、やがて限界が訪れる。
ただし最初にそれを迎えたのは僕達じゃない。
「も、もう駄目だ」
「うわぁぁぁ!」
「防衛線が突破されたぞ!」
離れたところから悲鳴が上がる、とうとう守り切れなくなったらしい。
戦える者達がいなくなった場所から、魔物が町中へなだれ込んでくる。
魔物たちは、町の中で一般市民達を虐殺していった。
「そんなっ!」
「くそっここまでか!」
悔しそうにする幼馴染達。
お前達はよくやった。
全部守れるわけがなかったんだ。
誰がこいつらを責められる?
少なくとも僕は、こいつらを責めたりしない。
悔しそうにする幼馴染達にかける言葉を探した。
しかし、彼らはまだ諦めはしなかった。
「まだよ。一人でも救うの。諦めちゃだめ。最期まで抗うの。抗いなさい! 絶望に負けないで! 」
「明日を諦めるな! 膝を落とすな! 誰が負けるなんて言ったんだ。俺達はまだ戦える、まだ頑張れる! そうだろ!」
絶望するしかない状況にいても、彼らは気高く、そして力強かった。
その姿に、決して心折れないその雄姿に、僕は視線を奪われていた。
英雄という存在がどういうものかと聞かれたら、僕は迷わず彼らの姿を思い浮かべるだろう。
きっと彼らは、やがて英雄になる存在だ。
彼らのような存在こそが、英雄になるべきなのだ。
こんな所で、死んでいいはずがない。
そう思ったとき、彼らの叫びに応じるようにして、何かが飛んできた。
一体いつからいたのか、どこから見ていたのか。
近くにやってきていた不審者が何かを投げてよこした。
幽霊みたいにいきなり出現すんな。
「使え! 女神が許可したなら、使えるはずだ」
「えっ」
「何だこれ」
戸惑うお嬢様と馬鹿。
彼らの手に収まったのは二つの光り輝く剣だった。
その品物からは、まばゆい光が放たれている。
これってひょっとしてまさか、選ばれて奴しか持てないっていうあれか?
勇者の遺物?
そう、それは選ばれた者、勇者になる資格がある人間にのみ与えられる遺物だった。
遠くで閃光がまたたいて、視界がそろく染まった。
一瞬遅れて轟音。
誰かが戦っているらしい。
だが、その人物を見なくてもわかる。
笑えるほどの戦闘力、馬鹿にならない一撃。
それは待ち望んだ助けの手だ。
勇者が来てくれたのだ。
視線の先では、白銀の光が明滅してやまない。
この世界で一番強い力を持った勇者。
この町は見捨てられたわけじゃなかった、きちんと誰かが助けようとしてくれていたのだ。
その光景を見た、幼馴染達は互いに頷きあって、勇者の剣を握りしめた。
「いくわよ!」
「おう!」
そして、力強い光で魔物の軍勢を切り開いていく。
その姿はまさしく英雄。
難事に膝を屈する者達に手を差し伸べ、力強い背中で励ます英雄の姿だった。
あれほど苦戦した魔物たちが、あっという間に殲滅されていった。




