第64話 正義
そんな状況の中、お嬢様のご両親が娘の安否を案じたらしい。
どうやってこんな辺境の情報を知ったのか分からないが、翌日にあの変質者が寄越されてきた。ってか知ってから来るのも早すぎじゃないか? どうやって来たんだよ。
「……」
「先生、来てくれたんですね」
無言の不審者と喜ぶお嬢様。
対照的に顔を曇らせる馬鹿と僕。
「くっ。俺、頼りにされてないのかな。ヨルン」
「知るか色ボケ。恋敵認定するより前に、まず不審者認定しとけよ」
やってきた不審者は、周囲の人間には聞かれたくない話をするようだった。
人目のない場所を探して口を開いた。
「呪術犯罪者が行った呪術の影響で、魔物が狂暴化したんだろうな。それでいつもより早くスタンピートが起きた。兆候が出てから発生するまでの期間が短かったはずだ。だから今回に限って、有効な手を打つことができなかった」
よく分からないが、この町がこんな状況になってるのは、全部犯罪者のせいらしい。
何も僕達が試験する時にやらなくたっていいのに。
「他人事みたいな顔をしてるなよ。お前らだって、あの犯罪者と同じだ。知らなかった事とはいえ、多くの魔物を狩って生態バランスをくずしたんだからな」
だけど、僕達にはくそ犯罪者を責める資格がなかったようだ。
まあ、僕は止めようとした側だから、それほど気にしてないけど。
でも、主犯格である馬鹿とお嬢様は、盛大にしゅんとしている。
犬だったら、耳が寝ていて、しっぽが下がってる状態だな。
「バランスをとるなら、ちょっとくらい人間は滅んどいた方がいい。やった分、その分やりかえされても文句は言えないはずだ。それが世界にとっての正義だろ」
って、おい!お前はどっちの味方なんだよ!
俺達に死刑宣告しにきたのか!?
不審者の言動にイラっとして睨みつけていると、お嬢様が言いかえした。
「悪い事をしたと思ってるわ。でもそれでも、悪いのは私達だけでしょ? なら他の人が巻き込まれるのは間違ってる」
「なら、お前だけが死ぬか?」
「そんな事したって、魔物達は止まらない? 違うかしら?」
「だろうな。奴らに説得なんざ通じねぇよ」
だったら、とお嬢様はまっすぐに相手を見つめ返した。
こういう時、凛としたお嬢様の姿は本当にほれぼれする。
その気はないけど、馬鹿が惚れてしまうのも、ちょっとだけわかる。
「私は、この町の人を守るわ。でも、魔物だって悪いわけじゃないんでしょ? だから、逃げようとする魔物や好戦的じゃない魔物は、できるだけ傷つけないように努力する。皆を助ける努力をするのが、本当に正しい事だと思うの」
不審者は、顔をしかめて吐き捨てるように言葉を発した。
「クソガキが、俺が切った奴と同じような事言うんじゃねぇよ」
不快そうにしている不審者じゃないけど、今の発言は不安に思った。
お嬢様は真っすぐなんだけど、それ故に危うい所がある。
何かボタンを駆け間違えたら、どんでもない方向に行ってしまいそうだ。
だって、普通魔物にまで慈悲なんて与えないし。
僕は、というか普通の人間はそこらへんで魔物が死んでたって、悲しいともなんとも思わないんだから。