表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
52/53

◍ 城隍神廟での会議

※【塵】の場面の使い回しがあります。


―― 九月二十九日・午二つ時(十一時三十分)(同刻) ――


 王都、李彌殷リヴィアン

 この時はまだ、数日後に襲い来るものの影も形もなく、見事な晴天に鳩の群れが飛び立っていた。

 山脈に囲まれた広大な盆地の北に、白雲を巻く〝寿星台閣じゅせいたいかく〟※【 中央神議臺ちゅうおうしんぎだい。神々の話し合いに使われる施設の国内最高機関 】が聳え立ち、その足元に様々な市街が広がっている。

 一応、各異人街を中心として区画されているが、上だろうと下だろうと拡張できる限り広がり続けているので、近年はとりわけ混沌カオス……。




「いくら難民受け入れのためとはいえ、重層化が著しくて、息が詰まりそうじゃわい」


「王様には、年寄りの足腰のことも考えてもらわんとな」


 見上げた頭上では、大きく張り出した廟堂の軒先に、赤紫の幕が波打っている。風が爽やかだ。境内の木々の間をこうが漂い、誰かが暇つぶしに奏でている二胡の音も、人を集めるほどの腕前で耳に心地よい。なんだかんだ、文句なく平穏である。表面上は――。


 境内を出ると、そこは主に、農民らの売り物――青果や鶏、草鞋わらじなどが並ぶ庶民向け市場だ。

 裏手は積四街ジースーがい商圏と呼ばれる問屋街で、絹織物や高級茶葉など、貿易品に近いものが扱われている。二つの通りに面したここは、〝城隍神廟じょうこうしんびょう〟という。


 城隍神とは元来、人間の営みを守る水濠と城郭が神格化された農耕の神であった。時代が移り変わるにつれ、都城内に住む人々の守り神という性格が過大解釈され、賞罰まで司るようになり、街中にいる閻魔様のような存在となった。

 今や些細な日常の悩み相談から、京衛武官らの安全祈願、異国の神仏の拠り所まで担っているわけだが、都城隍とじょうこうの場合は各土地公の統括も大事な務め。土地公らは自領の問題を逐一報告し、しかるべき対応を求める――。



「そういえば、最近〝妙な地鳴りを聞く〟と、信徒らが不安がっておってな……」


 李彌殷リヴィアンの目と鼻の先にある路盧ロノン県土地公、護坤ごこんが話題を変えた。


「おいおい、よしてくれ。こっちは鬼怖木きふぼく枯らしの被害に遭って、ただでさえ頭を抱えておるというのに」


 傍らの岩治がんじが恨めし気に睨む。この上、胃が痛くなるような話を耳に入れないで欲しい。


「だが、物事の根幹は水面下、あるいは地下深くにあって、繋がっていないとも限らん。我らとて、そういうともがらであろう――?」


 お堂に集まり、茶を飲み交わすだけの老人会にしては、不穏な空気が漂い、真剣な会話が続く。


「樹木の急激な変異報告は、畝潤セジュンで五件目となったわけか」


「申し訳ない。しかしうちの場合は、かの世界樹の挿し木。その辺の鬼門を守っている天然の霊木と違って、常にわしと畝潤セジュン鎮帥が見張っておったのです。不審者を寄せ付けた覚えはない。まさか、鬼怖木きふぼく枯らしに遭っているとは思わず……」


「まぁ、致し方なかろう。誰も、〝孫生ひこばえ〟が村の外に出ているだなんて想像もせんからな。むしろ、気づいた奴が目ざとい……」 ※【 孫生ひこばえ:樹木の本体近くに生え出る若芽。主幹への養分を奪うため、見つけ次第、伐ったほうが良い場合もあるが、代替わりさせるなら、むしろこちらを育てる 】



「誰かが人知れず、〝例の薬〟を撒いたんでですって――?」


 こそこそと隣同士で現状を確認し合い、分析がはじまった。


「なるほど。挿し木の根は浅い。地表に撒かれた養分を、雨水と共に吸収するのも容易だ。自ずとそちらに伸びて行き、孫生ひこばえが生え出たというわけか……」


「その孫生ひこばえのせいで、本体が弱り始めたのね。相生あいおいも均衡が大切。それに、強烈な肥料は反って木を傷めるし……」※【 相生あいおい:幹が二股に別れて共に育つこと。連理木と同義 】



 それぞれが、それぞれに一通り見解を共有したところで、護坤ごこんが咳払いをした。護坤ごこんは山神で、胸毛までたくましい見た目の上、声がでかい。音頭を取るのに向いている。都城隍――康狐仙カンこせんが不在の間は、取りまとめ役の自分がしっかりせねば、と心中で自分に言い聞かせ、口を開いた。


「よいか皆の者。燦寿さんじゅ様のもと宿地の方で起こっている山岳民族の連続惨殺事件――、これも当初は夜盗の仕業と考えられていたが、同じ〝例の薬〟が原因ではないかという見方が濃厚になってきておる」


 砂漠化で長年親しんだ宿地を失ったもの同士、一丸となって生き残った城邑じょうゆうを守ってきた我々には、他人事で済む話などない。


亘樹宮ラグラン地方の山岳には、茶万村聚チェマンそんじゅがある――」


 護坤ごこんと同じく、路盧ロノン県に身を寄せる土地公であり、共同で按主アヌスを務めている慧珂エカが言い添えた。慧可のもと宿地も山岳であった。太鼓を打ち鳴らして踊り、花を咲かせる美貌の花姑かこ※【花神】として祭られていた日々は、今でも掛け替えがないもの。


茶万チェマン村長の息子が、砂漠化と飢餓を食い止めるため、知恵を貸しに李彌殷リヴィアンまで来てくれたが、知っての通り、あれは七年前の暴動で亡くなった。悔やんでも悔やみきれん。茶万はようやく立ち直ったばかりだ。燦寿様もさぞ、心配していることだろう」


「む――? そういえば、燦寿様はどうした?」


「ああ、気を紛らわせたいのか、表の方槊街フォジョンで、いつも通り果物を売っておられる」








 ◍【 太隠は市に隠る 】



 黒い小さな柿のような “山竹果マンゴスチン” 

 イガイガしている瓜に似た黄緑の “波羅蜜パラミツ”  

 赤いベルが連なったような “水蓮霧ミズレンブ” に

 黄金のライチのような “龍眼ロンガン” ―――

   



―― * * * ――  






 南城市・方槊(フォジョン)街で、(ファム)燦寿(さんじゅ)ご老体は葦簀(よしず)の下、この日も福六寿の置物のように、無言で色とりどりの果物に埋もれていた。

 たわいのない会話をし、行き交う人々の弾ける笑顔を、ただ道端の地蔵同然に細い目で見守り、のほほんと過ごす。それが日課であって趣味なのである。


 陶器を売り物にしている隣の少年が、ふいに

「生きてんのか? じいさん……」と、あきれた風情で話しけてきた。


「ふぉっホっホ。()きなんぞくるものか。川の流れと同じじゃよ。昨日と同じ水のようで、同じ水ではない。それが諸行無常と言うもの」


「なんの話してんだよ……。こっちは、 “生きてんのか” って聞いたんだぞ?」


「む? どこへ行きたいじゃと?」


「~~~……。」


 不思議そうな顔を向けられた少年は、品物を前に膝を抱えたまま、長い沈黙を返した。

 非凡な隠者は山野に隠れず、かえって、市中の俗世間の中に、超然と暮らしているものだというが……、これでは話相手にもならない。暇つぶしにと思ったのに。

 どうせ聞こえていないのなら、嫌味でも言ってやろうか。そう思いながらも、今ひとつ気乗りせずにうつむく。


 つま先には、いつの間にか黒蟻(くろあり)の行列ができていた。

 少年はそれをじっと見つめる。

 自分は物見遊山で訪れた客にしか寄り付かれないため、悔しいことに、ただ座っているだけでも、燦寿の店のほうがまだ売れ行きがいい。

 その上、ここ数年の著しい治安悪化が原因で、観光客はいないわけではないにしろ、めっきり減った。

 それでも今は、暴動で死んだ父親が残したものを、意地でも売るしかないのだ――……。


「俺も……じいさんみたいにヨボヨボになるまで、こんな胡散臭(うさんく)せぇ骨董売りを続けるしかねぇのかな」


 少年が膝頭につぶやいた独り言を、燦寿はちゃんと聞いていた。

 少年の父親は快活で口が巧く、二人そろえば鬼に金棒とでもいうように、傍から見ても仲の良い親子であった。

 思いだされてくるにつれ、燦寿(さんじゅ)の眉もしょんぼりと下がってきた。


「なんじゃい。らしくないのお。骨董なんぞ売り物にしてるくせに、ワシや周りの大人より、よっぽど商売上手じゃろうに」


 亡くなった親父殿も、ここの商人たちも――……


「見ている者は、見てくれとる。自分にできる精一杯のことをして終えるのなら、今日のような日とて上出来じゃ」


「――……、そうかなぁ」


「そおじゃとも」


 燦寿はもともと垂れている(まなじり)でさらに弧を描き、柔和に笑いかけた。


 その口元を覆う真っ白な長いひげが、葦簀(よしず)の隙間から差す日差しに透けて、なんだか不思議な存在感を放っているように見える。

 ふと、我に返った少年の視界の隅に、見覚えのある顔が――


「じいさん」


 あらぬ方をじっと見据える彼に、燦寿(さんじゅ)は「む?」と片眉をつりあげた。

 同じ方へ視線を向けると、少年が何を言いたいのかは、すぐに理解できた。

 だが、燦寿は怪しげなものを見定める目で、しばらく黙した――。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ