◍ 王都までの道のり 常磐は真秀場から分け与えられた宝物
《 お知らせ 》2024.7.13
設定や内容を一部、追加・修正しました。
詳細は「最新報告」に記載しています。
―― 九月二十九日・午二つ時 ――
蒐は皐月に差し迫る華瓊楽での急務、彼が何を背負ってきたのか知りたいという奉里の案内役を引き受けたが、彼のもとに直行させることが出来たわけではない。
これは、最悪の事態を目の当たりにする、数日前のことである――。
* * *
「参」と言い放った瞬間、水鏡のように波紋を打った画面の中。
そこは南壽星巉の中心国、華瓊楽。
「はてさて――、台求城下に出たはいいけど、王都は西だったか、東だったか」
蒐は越境に使った掛け軸を閉じる作業をする。手をかざすと、糸が切れた凧のように翻り、飾る前の巻物の形に戻った。
帰宅の際には、真澹近くの風景画を広げ、呼びかければ良い。同じように一瞬で移動可能。越境画とはこういうものだ。たった一歩、画の中に踏み出すだけで、描かれている景色と同じ場所に到着できる。閉塞的だった空間から、一気に秋草の香りが頭上に広がり、開放的になった。
奉里は背嚢の肩紐を握りしめ、我知らず進みでる。赤い曼殊沙華がちらほら咲き残っているあぜ道の先。渓谷のような地形に築かれた棚田で、稲刈りをしている大人たちがいる。
その周囲には風車を手に、追いかけっこをしている子どもの姿も見えた。
左右の断崖には、ところどころ奇樹がへばりついていて、その曲がりくねった枝から白鷺が舞い降りては、裸になった田の土をつついている。
なんの変哲もない稲刈りの景色だが、逆光で眩しいそこは、奉里が感じたことのない幽玄な雰囲気の農村だった。
「きれい――……」
「花人が手を加えたんでしょう」
仁華が隣に歩み出てくる。
「萼の棚田も、確かこんな感じだったと思いますよ。ねぇ、蒐先生」
「ああ。ここは毎年、余剰穀物を都市部に分け与えてきた土地の一つだそうだ。幸いにも、砂漠化の影響を免れたこともあって、台求郡は彪将さんが、地力を一段と強化したと聞いてる」
花人が豊穣神の一面を保ってきた原初夜叉族という話は、本当なのだ――……。奉里はあらためて実感した。皐月が頼りにされる、その一人であることを。
〝彪将さん〟とは、公にしていないだけで彼の兄。霊応は血肉に因るところが大きいため、二人が同等威力の産霊を駆使できるのは間違いない。
「とりあえず村に行って、李彌殷までの近道と、周辺の情勢が分かる話を聞き出そう」
「あと、砂を貰わなくちゃですよ? 蒐先生」
しっかり者の仁華が、幸先がいいと言えない蒐を、さっそく補助する。
「砂?」
首を傾げる奉里に、仁華はしゃがんで、足元の砂をひとつまみして見せた。
「この辺りの土でもいいんですが、万が一用をなさないと困るので、人里で採取したほうが確実です。奉里さまが暮らしていた土地にも、良質な常磐が安置されていたでしょう? それはなんのためですか?」
奉里は神和だ。異世界の常識、非常識はともかく、自分が管理してきたもののことなら、難なく答えられる。
「時化霊の影響から身を守るため――。常磐が地盤に少ない土地でも、できる限り平等に年を取るよう経年速度を揃える目的で、真秀場から分け与えられた一種の宝物だから」
「その通りです。そしてそれは、真秀場という形に変化した当代の盤臺峰と、人原との間で交わされた現世界共通の取り決め。かつて常世を成していた常磐を分かち合うことで、時の流れをある程度共有するということは、両者の間で不便のない交流が望まれ、共存が約束されている証ともいえるわけです」
そういう意味での南巉は、世界最大の常磐を必要とした世界だ。現に、一級の地盤を有しながら浮力がなく、唯一漆黒下海に着水している状態で、地上の大部分が塵界。
海底の下は、千年大戦で負けた地鬼神らが封じられている地獄と聞く。何処を歩いても、そんなものが地下にあることは変わらないので、他の三巉では必要ないものが必須だったりする。
蒐が遠くの稲刈り作業に目をやりながら、説明を継ぐ。
「ましてや華瓊楽は、八年前の砂漠化がきっかけで起きた暴動や略奪が凄惨を極めた。その時、各地の常磐を毀損したもんでね。旅人が人里から砂を貰い歩くのは、常磐の所有地が減った分、次の所有地までの間に、時化霊の影響を受けやすくなったからってわけです」
「そういえば、花人はよく鉱石を身に着けてますよね。あと金装飾。それも、時化霊除けなんですか?」
奉里は飾られている蒐の腕や、耳元をじっと見つめる。
蒐は奉里の脳天の簪を、ジー~~ッ、と半眼で見つめ返した。
なぜならそれは仁華の簪。「要朗がくれた」と伝えて渡したため、ずっと誤解されているが、これは歴とした贈り物として自分が以前、要朗に相談し、一応気持ちを込めて与えた簪なのだあぁぁ…っッ!!
「……?」
「世界各地に派遣される仕事柄上、影響を受けやすい場合は、確かにそういった呪具も装備しますけどぉ……、金の装飾品には、別の大事な意味があるんす」
「へぇー。そうなんですかぁ」
奉里は関心するだけで、それを自分の頭にも挿していることを忘れている。
本体だけ見れば、片方しかない紅紫檀の箸のよう。金装飾は先端にちょこっとだけしか施されていないため、あからさまに目立つ簪ではない。まぁ、貸されているだけなら良しとするが……。蒐はモヤモヤを抱いているうちに、すっかり女子旅気分の二人に置いていかれた。
「はぁ~。こんなことなら、やっぱ李彌殷の越境画も描いておくんだったかぁ~」
とはいえ、華瓊楽最大の人口密集地を描写するのは一苦労だ。
蒐畵僊の越境画の現所有数は一千弱。山河の他は宿場町、港にある船着き場など、移動手段が得られる都市近郊の画が多いのだが、南巉の場合は、今や妖魔の巣窟となっていたりもする。
李彌殷周辺も、復興以前は餓死寸前の女子供や、妖魔に襲われたらしい骸が放置され、ひどい有様だった。史実として記録する目的で訪れたらしい牝爛の画家らは、どんな光景にも目を背けなかったが、蒐はそんな景色を描くのが嫌だったこともあり、人々の希望として生き残った台求郡の棚田を描くことにした。彪将飛叉弥――、彼に頼まれて。
「うだうだ言ってる暇はないですよ、蒐先生。現地消滅で使い物にならなくなった南巉各所の越境画は、ざっと数えただけでも二十点ありました。せっかくなので、私たちは今回の旅で、その分の穴埋めを目指しましょう」
「ぇええっ…ッ!?」
「現地、ないし目的地付近への越境を叶える画をどれだけ増やせるかに、この手の商売人の生活はかかっているんです。前に自分で言ってたじゃないですか」
奉里は肩越しにケロッとして言う仁華、ついてくる足取りがいっそう重くなった蒐を見て、悪いと思いながら、少し笑ってしまった。




