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払雲花伝《花咲かす鬼王、連理の枝を成すまで》  作者: 讀翁久乃
✥ 第一鐘 ――――――――――――――――――――――
5/53

◍ お嫁においで


 山堂守やまどうもりの孫娘――、奉里まつりは牙を剥いた。

 こっちは祭祀に使うお札を増産しなければならないというのに、まったく、どいつもこいつも嫌がらせか。


「識字率自体が低い田舎で、この役目を担えるのは堂守りだけなんですッ。今、忙しいんですうっッ!」


 そう訴える足元に落ちていた小枝が踏み折られ、訪ねてきた花人――鬼薊おにあざみ大國だいごくは我が事のように痛い顔をした。


「奥方様、とりあえず落ち着いて…」


「だから、奥方じゃないって何度言ったら分かるんですか!」


「あなたはこれまでの人生の半分近くを、我らが大樹大花のお世話に捧げてくださった。まだ十六とはいえ、ここもうてなと同じく、半ば仙境。初笄はつこうがい【女の成人式】からすでに、十二年が経っておりますでしょう。萼は今、祭祀を司る常葉臣ときわおみ不足。あなたが若の奥方、ひいては奥王妃になって下されば、一石二鳥、三鳥と、これまで停滞していた物事が万事上手く巡りだすのです」


 皐月に「若っッ!」と呼びかけたのは大國だ。一向に振り向いてくれないので、しびれを切らしたためだった。


「いいですか? 奉里さま。花人に嫁ぐということは、今はもう、生贄になることとは違う。我らは人と大差ありませんよ!? ほら!」


 両腕を広げて見せる大國は、確かに僧侶のような恰好の快活な中年禿(ハゲ)オヤジだ。ただ、右手の上腕に刺青のような花模様のあざがあり、ジャラジャラいうほど装飾品をつけている。数珠に似ているが、おそらく宝石の類。


「襲ったりもしませんぞ?」


「ええ、ええッ。現に皐月は、泥棒にすら牙剥いたことないですからねぇッ」


 茶を出してもてなしていたため、「お客さん?」と尋ねたら「盗人」とそういうわけで、奉里は唖然とした日のことを思い出した。

 〝花人〟とて本性は鬼。彼らは由緒正しき原初夜叉族とされているのに、それも当代では信じられないほど人間に馴染んでいる。中には、番犬にもならないダメ鬼もいるのだから衝撃。

 一方、うてなという軍事国家を持っているため、萼国夜叉きょうごくやしゃとも呼ばれる。

 夜叉という鬼族は水と聖樹を奉りながら、人間に禍福をもたらすのが特徴だ。普段は森に棲み、夜になると鬼本来の力を発揮する。

 〝花人〟という呼称は、萼で人間と共存してきた彼らの王家を中心とする勢力――通称、東天花輩とうてんかはいのみが名乗っており、過去に袂を分かつこととなった反勢力は野放し状態で、山野に潜む魑魅魍魎と変わらないそうだ。

 皐月は後者――ではなく、その東天花輩を背負っていく花人だというから、驚きこそしたものの、奉里が疑わしく思うことはなかった。 

 人間よりも遥かに禁欲的で善良。懸崖に咲ける草花の如く、雨にも風にも、喉の渇きにさえも耐えてみせる。

 ちょっとやそっとのことでは激怒しない。確かにそういう性格だと、共に過ごしてきたこの十年間の記憶が証明している。


「お前は俺以上に牙剥いてきたし、角も生やしてきたけどね」


「あんたのせいでしょうがッ」


 部屋の中からボソっと聞こえた呟きに、奉里はガオウッと吠えて返した。


「おお~、さすがですな。やはり奉里さまは、理想の鬼嫁になられる素質がおありだ~」


「全然嬉しくないんですけどッ!?」


「ではでは、ひとまず〝お世話係〟ならどうです?」


「お世話係?」


「ええ、常葉臣は萼の神官、兼、史官。普段は王宮の様々な役割を司る各壺に属し、花神子はなみこや鎮樹王将たちに仕える官人でもあるのです。更衣という役割がございましてな――、そうなると、衣服のことを司る紅葉壺もみじのつぼなどどうでしょう。宮中祭祀にも関係がありますし…」


 ねぇ、若。


「――……」


 皐月は珍しく重い沈黙を置いた。

 そうして、雲行きが怪しくなってきた頃、ようやく大儀そうに上体を起こした。


【 初笄 】

髪上げ。裳着もぎ

初潮を迎える12~14歳頃行われた通過儀礼。

婚期が来たことを周囲に知らせる目的があった。


2022/08/14 投稿

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