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◍ 踏み込む理由


 奉里まつりは喉の奥にぐっと力を込めた。

 しゅうに断られることを想定していなかったわけじゃない。

 だから、押し黙ったのは、ここから一気に畳みかける声量と熱量を溜めるため。


「分かってるんです……」


「――?」

 

 蒐は急に小声になった奉里をいぶかしみ、片眉をつり上げる。


 奉里は座卓を横へ押しやった勢いのまま、互いの膝の間に青莱鳥せいらいちょうの卵殻を叩きつけた。

 蚕姫さんひめの文も、貴重な顔料になる八重菱揚羽の鱗粉も渡し済みだ。それでも承知してもらえない今、自分にできることは一つ。出し惜しみせず、すべてをぶつけること――。


「私が見てきたのは、あいつのほんの一面に過ぎないって、分かってるからこそもっと知りたいんです…っ! じっとしていても、そのうち知れることだとは思えません! だからと言って、性懲りもなく追いかけまわしてた、怖いもの知らずの頃とは違う。深入りするなとか、余計なことは知らなくていいとか……っ!」

 

 今日まで、耳にタコができるほど蚕姫に言い諭されてきたのだ。さすがの自分も察しが付く。

 蚕姫は首根っこを押さえられている。あの皐月に――。彼は何食わぬ顔をしながら、実は影で恐ろしい支配力を誇っているのだと思う。

 

白人依しらとのいも怖がって、何も教えてくれないし…!」


 ぎくっ。

 奉里の腰の影から、蛇腹織りの紙人形が恐る恐る半身をのぞかせた。目鼻が描かれていない無表情の古紙の憑器から、蒐は助けを乞う眼差しを感じ取った。どうやらこれまで、板挟みの立場であったらしい。

 哀れ……。皐月によって、庭の焚火にくべられかけた(火あぶりの刑に処されかけた)過去が容易に想像できる。


「積極的に教えてくれたのは大國だいごくさんだけで…っ、その大國さんでさえ、たぶん、今回の私の行動には、目を剥くと思います。でも私は……っ!」


 手が震えるほど握り込めていた力を抜き、奉里は青莱鳥の卵殻を、蒐の膝元に押し進めて据えた。



 〝巻き込まれたい〟――。



「……これが、結び巫女とやらの所以か知りませんが、以前からずっと、そう思っていました。この青莱鳥の卵にも価値がないと言うなら、蒐さんが望む物を用意します。協力してくれると言ってくれるまで、何度でも…っ」


 仁華ジンファは聞きながら、ついと部屋の中央にある寝椅子に視線をやった。

 糸くずを入れた籠が置きっぱなしになっている。使用人としての技能スキルを上げるため、古着屋を営む近所の友人から端切れと一緒に貰い、最近手芸をはじめたのだ。

 まったく上達せず、ごちゃごちゃに丸まった籠の中の糸の状態が、仁華の現状を表している。


「面白い。じゃあ、あなたの生き血で手を打とうと言ったら――?」


「え…?」


 蒐もここぞとばかり身を乗り出し、反応が追い付かない奉里の顔面に自分の顔面を迫らせた。


「いや、それより、筆頭には内緒で、裸婦画の対象物モデルにでもなってもらうほうが、ぐあは…っ!!」


 蒐の頭がお盆で叩き落とされた。

 

「いいでしょう」


「オイこら仁華ッ、先生にいきなり何す…」


()()()()()()()――? 蒐先生。手で隠してましたけど、さっきから口元のニヤニヤが気持ち悪いんですよ。返答を無駄に引き延ばさないで下さい」


「仁華ちゃん……?」


 目を見開いて呆然としている奉里に、仁華は対照的な半眼を向ける。


「奉里さま、この変な卵の殻はお返しします。八重菱揚羽の鱗粉だけで充分。ちなみに、蒐先生は裸婦画なんて描きません。描くなら、とっくに私で試されているはずです」


「ただの同居人でしかないお前で試すわけないだろうが」


「そういえば、画家の奥さんは大概脱がされるって聞きました。使用人から昇格したら、あり得るんですか?」


「あり得ませんね。昇格からしてあり得ませんね、残念ながら」


「別に残念ではないです」


「仁華ちゃん蒐さん…っ!!」


 奉里はけなし合っている二人の手を同時にまとめて、ぎゅぅ~~っと握りしめた。

 そのうるうるした目と、引き結ばれている口元に全感情が表れていて、仁華から視線を注がれた蒐は、仕方なく本音を口にする。


「いやー……、俺にとっては命がけになると思いますけど、まぁ正直言って、ちょっと興味はあります。うてなを離れた筆頭が、俺たちの知らないところで何してるか」


 これを機に、一つ教えてあげられるとすれば、あの人が隠遁せざるを得なくなったのは、徹底した自己犠牲主義のせい、ということだ。


「え……?」


「基本、自分からは誰も頼らない。もちろん小間使いにはしますけど、肝心な時に限って、普段は奴隷のように扱ってる連中のことさえ思いやってしまう。だから、これだけは約束してください」



 あの人の前で、巻き込まれたいなどと言ってはいけない――。



「や、俺はですね? むしろ、そこが承諾の決めてなんですよ? 筆頭もたぶん、言われたら一番うれしい言葉だと思うんですけど――……、一番、嫌いな言葉でもあると思うので」


 それで兄の彪将ひゅうじょう卿と、おそらく互いの人生で最大と言っていい大喧嘩に発展した。


「そもそも、筆頭に兄上がいることはご存じで――?」


 蒐は時おり、慎重を期していると分かる低い声色を使う。それで何が機密に値するのかを、言外に教えてくれている気がする。

 幸いと言っていいのか、奉里には得意げに頷けることなど一つもない。


「一応。……でも、大國さんから少し聞いただけです。その場には皐月もいたんですけど、話し過ぎだって怒ってました」


「なるほどぉー」


 鼻で息をつきながら、蒐は右手の中指でカリカリと額を掻いた。

 大國の本気度が分かってくるにつれ、立場的に何処まで悪乗りして良いものか、余計に判断が難しくなってきた。

 とりあえず自分は、国家機密というほどでもない、皐月の知られざる内面部分を語る役に徹しようか……。


「筆頭にとって彪将卿は、〝信頼の塊〟なんです。だからこそ、色々な意味で恐れてる。遠ざけるってのはね、奉里嬢。別に害になるとか、信用してないってこととは限らない。特に筆頭(あの人)の場合は――」


 窓の外に目をやると、沢山の桃の花枝が交錯するその向こうに、月来山ユエライザンという白銀の岩山が見える。うねる龍のような形の奇樹が根差していて、真澹しんたんに住まいを築くと決めた時、まっさきにこの高台の土地を選んだ。

 萼を彷彿とさせる光景だからだ。常盤の岩山と、そこに生えた大樹、四季折々の絶景を毎日愛でられる。

 夏は紫薇サルスベリ、秋は金木犀と紅葉――……。

 蒐はふと薄く笑って、奉里に向き直った。


「大國さんが、何故あなたを気に入っているのか、今、なんとなく分かりました。彪将卿に性格が少し、似ているかもしれません」


 だから、たぶんですけど――……、筆頭からすれば、逃げたくなるほど苦手なのかもしれない。あなたが、結び巫女の脈持みゃくじであるという以前に。


「誤解して欲しくないんですが、悪い意味じゃないですよ?」


「――……」


 そう念を押されても奉里はなんとも言えず、ただ心配な顔をしてうつむくしかなかった。



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