◍ 謎の粉 打倒、鬼怖木?
《 グギャアアアアア…!! 》
今、一体の鬼が切り裂かれ、瘴気を燻らせながら夜風に溶けて行く。
その最期を蔑み、青い布の額当てをした武官が、休む間もなく次の獲物を狩りに走る。
街路樹に蹴りつけ、城壁上から切り捨て落し、そんな戦闘がそこら中で繰り広げられ、雄たけびが上がっていた。
鬼門を塞いでいても、鬼怪を絶やすことはできない。石木から生ずる魑魅や、鎮魂の仕損じによる骸の盲鬼化。あるいは、禁術の類による生身の強制的盲鬼化によって。
これが一番厄介だが、今、武官たちが斬り回っているのは歴とした門破りの抜足鬼なので、手加減は無用。時折り、弱った鬼怖木の根元などから、始末しきれなかったと思われるそれらが溢れ出てしまうことがあるのだ。ちなみに丑の刻が多い。
ふと、高所から何者かが着地した音がした。
振り返った艮旗営第一分隊当長――隋旋は、そこに現れていた青年に問うた。
「禁簾は張り直せたか、魯薗」※【禁簾:禁域を成す暖簾状の呪具】
「はぁ。なんとか」
壽星台閣天外宮の木守神堂司――魯薗は疲れ切った様子で息をつき、白い外套の頭巾を取った。
丸眼鏡と、毛先を遊ばせた紺色の髪、眠そうな半眼、ひょろっとした痩身が特徴で、見た目通り、荒々しい武官とは相性が悪い男だ。
「なんだその情けない面はっ! 祭祀や怪異の類は、我ら神堂司にお任せあり! のはずだろうがっッ」
刈り上げ頭の米神に青筋を浮かべ、ずかずかと迫ってきた第二分隊副当――弾延が叱咤する。
「た、確かに、神堂司は調伏師の精鋭集団であって、これは一官庁である天外宮の案件ですけどねっ!? 僕らはあなたがた邏衛武官のような戦闘員というより、交霊術に通じているだけの学者で…」
「うるせぇッ!」
「あ痛っ」
「お前ら神官がそんなへっぴり腰だから、鬼怖木も弱っちくなってこの様なんだよ! あげく、萼国夜叉なんかに威張り散らされて情けねぇッ。花人とか言ってるが、あいつらは鬼なんだぞっ!?」
「いいじゃないですかもお~っ。妙な意地張ったり、つまらない負等嫌努にしがみつくの、いい加減止めましょう?」
「つまらないとはなんだこの野郎っッ!!」
隋旋はやれやれと肩を落とし
「もめている暇があるなら手足を動かせ、弾延。ほら、こっちの仕事まで奪われるぞ」
と言って飛び退った。
魯薗と弾延は顔を振り向けた。牙を剥く大蛇のように、火炎玉が自分たち目掛けて突っ込んでくる。
女の美声が聞こえた。
「陣舞――采炎!」
絶叫する二人の直前で、命じられた火炎玉が急浮上、急降下し、枝分かれして次々と舞い始める。抜足鬼を巻き込み、焼き払いながら。
次いで、別の少女の声が高らかに響く。
「雷追! 伏縛!」
抑揚のない青年の声が続く。
「降乱、氷棘林」
逃げ惑う抜足鬼を電撃が追いかけていき、雷光を発した。感電して倒れ伏したそいつらに、夜空から無数の氷の杭が打ち込まれる。
弾延は声が降ってきた方――城壁の屋根上を振り仰いだ。
満月を背に立つ五人の影の中央に片胡坐し、白髪の青年夜叉が、飄々と煙草をふかしていた。
「彪将っッ!」
「一応、今は〝飛蓮〟という花銘で呼んでもらおうか」
飛蓮は装飾的な軍刀を杖代わりにして、重い腰を上げた。右耳に下げている精緻な金細工の飾りが揺れ、紫色の瞳と一緒に冴えた輝きを発する。
普段は髪を結っていないこともあるが、自国を象徴する丈の長い夜深藍の軍服をまとって現れる時は、いつも首の後ろで一つに束ねている。
彼の横に腕組して立っているのは、火行夜叉の薫子――芳桜。
水行夜叉の勇――菖雲。
雷行夜叉の満帆――椿奈。
木行夜叉の柴――桐騨。
土行夜叉の啓丁――梨琥。
風行夜叉の嘉壱――――菊羽の姿はないようだが、最近、人探しの特別任務を与えられたらしく、黒服の謎の道士と共に巷で見かけられている。
「邏衛軍の屯所の中でも、艮営は精鋭揃い。都の治安を司る八方旗営の要だろ。それが、こんな所で雑魚相手に遊んでいる場合じゃないぞ」
「〝例の粉〟を持ち歩いている奴は、まだ見つからないの?」
飛蓮の後に続き、芳桜たちも屋根から飛び降りて隋旋らに歩み寄る。
「何を偉そうに…」
「いや、それが、冗談抜きで遊んでる場合でも喧嘩してる場合でもないんですよ」
迎え撃とうとする弾延を引き留め、魯薗が早口で報告する。
先日、別件の調査で新たな〝鬼怖木枯らし〟と思われる被害が確認された。ただ、今回標的にされたのは、畝潤で育てている前世界樹の挿し木という点が気になる。
「でしょ? 飛蓮さん」
「ああ。今処置したものは、次期壽星桃にしようと管理していた鬼怖木ではないし、倒れそうなほど弱っていたのも、どうやら単なる病害虫が原因のようだが……」
「まさか、最近の鬼怖木枯らしの最終的な狙いは、各地の按主様たちが養っている次期壽星桃候補の幼木だとでも――?」
剣呑に眉をしかめる隋旋に、飛蓮はため息交じりに返した。
「分からん。ただ、情報収集を急いでほしい。一刻も早く下手人を捕らえなければならない。大将殿はどこへ行った?」
「原営隊長なら…」
「ここだ」
張りのある声の後に、ぞろぞろと足音が聞こえてきた。
十数の屈強な邏衛武官を引き連れてきたのは、切りそろえた長い髪が印象的な美女だった。
原唯――。腰に剣、捕縛用の縄を下げている様子は隋旋たちと同様だが、腕章付きの武装が一際凛々しい。
「なにがどうなっている状況だ……?」
彼女からの厄介者を見るような眼差しをも、飛蓮は平然と受け流し、裾をひるがえす。
「とりあえず、紅桃港の〝門神〟に会いに行く。付き合ってもらおう」




