表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
払雲花伝《花咲かす鬼王、連理の枝を成すまで》  作者: 讀翁久乃
✥ 第一鐘 ――――――――――――――――――――――
4/53

◍ 田植え時期の来客「若っッ!」連呼


 九天九地。

 この世界すべての按主アヌスが、清廉潔白、公明正大、仁政を敷く賢君に置き換わる日は、おそらく来ないだろう。 

 竜氏と奉られる人間の統治者も稀に現れる世の中となったが、弱き者たちは、神代崩壊以前と変わらず、鬼神の高笑いに怯えながら暮らしている。


 玻璃湾にて水難を起こす赤翠天羅刹。

 丹原たんばらに地下帝国を広げようとしている好戦的な軍鬼神、塵洞(じんずう)修羅。

 そして、豊穣を司る玄雲の水源と森を守りながら、人間に禍福をもたらすと慰撫いぶされてきた萼国きょうごく夜叉。


 いずれも美しい鬼。

 だが、恐ろしい鬼。


 しかし、萼国夜叉は鬼ではなく、いつの間にか〝花人はなびと〟と名乗るようになった――。






 ◍【 どんなお話? 】



 九天九地の真東――、蚕崕さんがい圏。

 東扶桑巉ひがしふそうざん瀧髯界人原ろうぜんかいじんばら巌砥いわとぎ国の辺境、八曽木やそぎの里。 


「皐月ッ! ねぇ、皐月ってば!」


 我が家にはその花人がいる。祖父が亡き祖母の名を与えた。

 〝さ〟は苗のこと。

 〝皐〟は水辺。または魂呼びを表す字。

 〝月〟の意味は言うまでもないだろう。

 季節がめぐり、例年通りやってきた農民にとっての繁忙期である。


 庭先のなぎの大樹下に机を仮設し、袖をたすき掛けにして、奉里まつりはいざ仕事に取り掛かるつもりだった。

 筆先から墨を垂らしつつ、彼を呼びに行く。

 今年も水源にある蒼湶水師そうぜんずいしの祠が飾り立てられ、もうじき、田植えの魂呼び祭祀が開かれる予定だ。

 祖母は若き頃、それを担った早乙女で、祖父曰く、田舎娘にしては大層美人だったそうな。

 その美貌が話題になるたび、鬼との取り違え子ではないかと、祖父は照れ隠しに冗談を言ったが、あり得ない話ではない。

 この世にはそもそも、人に似た姿形の、人でないものが沢山いる。

 たとえ得体が知れなくても、人に交じって、真面目に働いて、立派な一家の大黒柱になだってなれないわけじゃない。

 我が家の鬼はその点、人を脅かすことがない代わりに、極度の引きこもりであった。

 彼には牙もなければ、尖った耳もない。艶やかな長い黒髪と、貴族の令嬢のような白魚の肌、そして鬼には珍しい黒曜石の瞳が特徴。

 今日も無駄に美しく、しなやかな肢体を横たわらせ、懐の白猫を撫でている。

 そして、聞こえないふりをしている。


「ちょっとッ、返時くらいしろ!」


 やや虚弱なものの、体を病んでいるわけではないというのに、男が庭先で畑仕事一つしないのだから、文字通りのごくつぶしときた。


「若っッ!」


 背を向け続けていた皐月の肩が、この呼びかけにはピクリと反応を示した。

 我が家のごくつぶしが、実はとんでもない素性の鬼だったと知ったのは、つい最近の話。

 花人ということは、かの世界三大鬼族――萼国夜叉であるわけだが、彼らから〝若〟と呼ばれる血筋とは初耳で……。


 これは、ただ人一倍世話好き、かつ趣味が家事洗濯。

 あと、ちょっぴりダメな男が気になってしまうだけの、ごく平凡な田舎巫女が、




 花天月地を統べる鬼の王に嫁ぎ、立派な鬼嫁にされてしまうお話……。




「じゃないッ!」




2022/08/14 投稿

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ