◍ 黒同舟それぞれの狙い
再び時守から投げかけられた左蓮は、彼の覆面をじっと見つめた。
顔を隠している黒い布一枚が、何故かとてつもなく分厚く見える。
〝あいつ〟の方がまだ人間味があったと、不意に思い出した。顔面に黒い薄紗を垂らし、長い黒髪をそよがせていた青年だ。わずかに透けて見えたその切れ長に近い目――、物言いたげな眼差しは忘れたくても忘れられない。
「私は〝奴〟を巻くのに必死だったんだ。その後のことなど知るか。それに、私にとってはもう遠い昔の話」
「十二年前と言っても、最塵暦で数えれば実質的には数年前のことですよ? 末端だったのかもしれませんけど、一応萼の中枢に仕えていた身で、心当たりすらないのはおかしくないですか?」
宋愷がにやりと笑いながら続ける。
「鵺、あなたも一度、研ぎ物師として、あの国に潜り込もうとしたことがあるんでしたね」
鵺は涼しい顔で答える。
「ああ。でも、足を踏み入れる前から要注意人物として目をつけられていたようで、いくばくも滞在できなかった。確かに、あそこの危機管理者は目ざとい」
「あなたのその鏡以上の視野を持っているとでも――?」
宋愷はさらに話を引き出そうとする。
確か、花人の盟主である蓮王家には、珍しい七彩目を発現する者が生まれるという特性があったはずだ。
それは文字通り、果てしない遠方だろうと、途方もない未来だろうと、天にあろうと地にあろうと、たとえ、闇を為すほどの八雲に覆われていようと、すべてを見通す。
「龍王と同じ〝千里眼〟だとか。龍の装飾品などの呪物による外付けの力とは違う。その者自体が、ある神の能力を宿し持っている脈持で…」
「いやはや。不老長寿の霊薬だけでなく、そんなことまで調べ上げているとは、宋愷殿、あなた本当に長生きするつもりがあるのですか?」
時守が制するように口をはさんだ。
「話を元に戻しましょう。我々は宗主さまが見た悪い夢が、正夢になることを阻止しなければなりません。敵は同じ……」
生気を吸い取ることで、壽星桃を痩せの大食いにさせた誘す貝は今、ただの蔵です。指名されたものを吸い込む呪力を取り戻すまで、あと二年。
「次は、紅桃港を守っている〝鬼怖木〟……、あの枝垂れ桃の生気を吸い取る、なんてどうでしょう」
そう提案する時守から、はじめて凶悪な気配が漂い始める。宋愷、鵺、左蓮はそれぞれに、彼の腹の底と正体を見破ろうと視線を注ぐが、誰もこいつに関する情報は持ち合わせていない。
ただ、華瓊楽国――、ひいては南壽星巉を崩壊させようという黒同舟としての野望は、人一倍と確信した。
「門神たちの威信は地に落ち、逆に、千年大戦に負けて地下深くに落ち延びた鬼神たちは浮かばれる。恩を売ることができます……」※【門神:鬼門で検閲をしている神】
上手くいけば、合大木となっている各地の鬼怖木の共倒れも狙えよう。相手の策を逆手に取るのだ。
「果たして、そう思い通りにいくかな」
左蓮は部屋の窓辺に片胡坐をかいている。障子を少し開けて、外を見ながら唇の端をつり上げた。
「私が紅桃港を探せと言ったのは、的外れだからだ。例の少年とは関係ない。おそらくは非公式で、すでに独自の手段を用い、入国を果たしている」
「では何故…」
「ひとは見当違いをしている方向音痴な奴と行動を共にしていると分かると、当然ながら、自力で軌道修正を図り、目的地を明確にしようとするだろう」
同じ船で行く。一蓮托生。
はてさて、本当にそうだろうかと身内に疑心を抱いた時、ある男が打った一芝居を真似したのさ。
方向音痴の迷子と見せかけて――
「実は微妙に目指す場所が違う船員がいることを炙り出した。常に他人を試している男だった。一国の舵を握っていたから……」
恐ろしい狸ですね、と言う時守に、鬼国というところは実は狐狸ばかりなのさ、と左蓮は首をすくめる。
「それで――? 海に葬るか否か見定めたと?」
「まさか。仲間を切り捨てるなんて、それだけで決断できることじゃない。私ももちろん、興味深い情報を得たに過ぎない。宋愷が花人に関心を持っている理由は今さら探りを入れるまでもなく、自分で言いふらしている通り、不死の霊薬が目当てなのだろうが……、時守の主」
あんたは、地下が中心の生活にうんざりしている。世界樹をはじめとする鬼怖木を誰よりも憎み、恐れていると分かった。
左蓮は言いながら障子をぴしゃりと閉め、はじめて真正面から時守を見つめる。
「黒同舟に入った目的は――、そうだな。〝千年大戦のやり直しのため〟といったところか?」
「ハハハ。良い線いってますよ。でも違う、とだけお答えしておきましょう」
「ならよかった。付き合いきれる気がしない」
「左蓮殿、私も一つ分かりました。あたなは案外、大胆な人だ。あの萼から傷一つ負わず足抜きを果たし、一級の兵器を持ち逃げし切っただけでも、なかなかの豪胆と言えますが」
左蓮は恬として返す。
「誘す貝を盗む計画に関しては、そもそも私が立てたものじゃないからな」
「ただ、彪将の計画を乗っ取っただけ……?」
「おお怖い怖い。これだから女狐は油断も隙も無い。我々も気をつけねばなりませんねぇ」
宋愷がおどける。
「常においしいところだけを頂くわけじゃないさ。私に一つ、提案がある」
人捜しの一番手っ取り早い方法は、そいつが現れそうな場所の出入り口を見張ることではない。
相手がどれだけ変化や隠形を得意としていても、
正体が狐だろうと、狸だろうと
左蓮は不敵に笑う。
「ただ、〝火を付けて騒ぎを起こせばいい〟だけの話なんだよ――」
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