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◍ 一難去ってまた一難


   *   *   *



 宇堯ウギョウはあれからどうしただろう。

 まぁ、神代種の元天兵末裔。その戦闘能力と破壊力が、伊達ではないことは分かった。人間の小娘ごときが心配するのも失礼かもしれない……。


「よし」


 奉里は、蔓草で束ね終えた自分の赤髪を肩にかけた。

 見れば見るほど不思議な色だ。


「とりあえず木の枝をかんざしにしてぇ……」


 蚕姫さんひめがまとわせてくれた外套には、蚕崕圏さんがいけん白鷺しらさぎの羽が織り込まれている。多少なら邪気を払ってくれる他、内側に小刀などの携帯品も忍ばされていた。

 この場で散髪することも考えたが……、〝歓迎の印〟という見方もある手前、長すぎるだけで切ってしまうのは、どうも躊躇われる。こちらの世界と何かしらの縁を示しているのだとしたら、切って捨てるだなんて縁起が悪いどころか、罰当たりかもしれない。

 黒こげの雷獣に突き刺さっているのは、宇堯の破魔矢だ。これも何かの役に立つだろうか。

 奉里は手前にしゃがみ込んで、見つめる。

 ちょっと怖い。抜いたら生き返ってしまうとか、そんなことは無いと思うけど。

 死骸に眉を顰め、どうしようか迷っていた時だ。


《 ォお? ナンデこんなトコロに人間の娘ガ~? 》


 わらいながら近づいてくる足音と、多重に聞こえる耳障りな男の声に嫌な予感がした――。






◍【 野鬼 】



 *――よいですかな? 奉里さま――……



 石木から生まれる鬼を魑魅すだまという。この時点では浮遊物と形容するのがふさわしい姿だ。



 *――鬼神は人に近い姿だが、神。

    鬼人は、より人に近い混血児などで、

    萼国きょうごく夜叉……俗にいう花人は、元来は聖樹に宿る鬼神に属すものです



 ゆえに、神典に載るほど格は高い。一方、不浄の多い人原じんばらへ溶け込もうとしてきた奇特な部類であるため、人間と見紛う姿をしている。


 奉里の脳裏に、以前、大國だいごくから受けた講義がよみがえった。

 茂みをかき分けて現れたのは〝野鬼やき〟だった。こいつは黒目がなく、白目の部分が赤い。何処の誰から剥ぎ取ったのかはともかく、軽い武装をしていることや、野山に生息する動物の部位を具えている点も、別段珍しくない。

 つまり、血統が分かる特徴が少ない鬼だ。名のある鬼族には属しておらず、好き勝手に交わっては増え続けてきた雑種。

 二年前、皐月が何者か説明すると同時に、大國は野鬼や魑魅などの違いも、一通り教えてくれた。東扶桑ひがしふそうにも跳梁跋扈している存在ではあるが、さすがは北紫薇ほくしび。大國が言っていた通り、奉里は見たことがない巨躯に我知らず後ずさっていた。


《 ナンダか物凄イ音がシタと思ったラ……、その獣ヲっタのは、オ前か? 小娘 》


 奉里は首を振らなかった。横に振っても縦に振っても、意味がないと分かっていたからだ。

 人間の女と交わるのを好み、その上、射曾猿いぞましらのような配慮を見せる神は珍しい。血統を重んじる上級神らは、千年大戦後、人原と関わりつつ、人間との混血児を生すことを忌避してきた一面がある。

 理由はおおよそ、青莱鳥せいらいちょうの卵殻などの霊薬を求めているのと同じ。不浄から発する病魔、醜い争い、あらゆる災厄を遠ざけるため。再び宿地を巡る大戦が起こったとしても、生き残れる神威と、生命力を保持するためである。

 野鬼にそんなことは関係ない。



 *――じゃあ、花人は……?


 *――常葉臣たちに語り継がせてきた歴史上、我らは、

    花神の楽園を襲撃した、欲深い人間たちの末裔だとされております


 *――え? それってつまり……、人間の血も引いてるってことですか?


 大國は肯定も否定もしなかった。今はともかく、はじめからそうであったわけがない。


 *――しかし、〝花の呪い〟をかけられた人間たちから、花人は生まれたと

    記録されておりますので――……



 大國の講義を振り返るのをいったん止める。

 奉里は一瞬の隙をついて、宇堯の破魔矢を雷獣から抜き取り、地を蹴った。


《 ア。逃ゲやがっタ。ハハハっ! 鬼ゴっこト行くかァアアア!? 》


 怖い。白人依しらとのいも文字通り高々とお手上げして全力並疾走……。声が出るなら「あわわわわッっっ!!!」と聞こえるに違いないくらい、短い足が砂埃を巻き上げている。さすがに太刀打ちできないと見える。


《 俺のしとねはべルのと、足を一本食いチギらレルの、どっチがイイイイ!? 》


 朽ち木を飛び越え、落ち葉を散らし、斜面を転がりながらも、奉里はむしろその勢いでぐんぐんと引き離す。


《 ナンだアノ女。小鹿ミタいナ動きシヤがっテ…… 》


 野鬼は舌打ちした。捕まえるのに思いの外手こずりそうだと気づいて、一時停止。踏ん張ったその巨躯が、投石器に設置された大岩のように飛び上がった。


 ドシンッ! と振動が足を伝ってきて、奉里は肩越しに見た野鬼との距離が一気に縮まったことに目を剥いた。

 まさに化け物級の跳躍力。亭々と乱立している木々の樹冠を突き破っては降ってきて、今度は着地した岩場を粉砕した。


《 ハハハ…ッ! 待テ待テ! 殺シタりはしねぇからヨオオオオッ! 》






   ×     ×     ×




「――なんだありゃ」


 どんな嬉しいことがあったか知らないが、森の上に突き抜けるほど飛び跳ねて、随分と楽しそうに散歩している野鬼に、その青年は呆れていた。

 周辺の山々を見渡せる崖上で独り、山水画を描いていた。せっかく久々の傑作ができそうなのに、目障りだな、あいつ……。



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