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◍ ああ言えばこう言う 積もる話と和解の? 晩酌


 数刻後


「――どうだ、分かったか。康狐仙カンこせんが南世界樹の天壇按主てんだんアヌスになることを拒否し続けてきた理由」


 やはり単に、束縛されたくないというだけではないと見ていいのか。


「そっちは? 畝潤セジュン土地公と市鎮城主から依頼された件、後回しになんかしてないだろうな」


「するわけないだろ。ちゃんと俺自ら確認しに行ってきた。〝あの粉の正体〟を含めて説明するとなると、ちょっと長くなるから、まずはお前の報告を聞こう。今日一日の成果を――」






   ×     ×     ×



「観光して終わった嗚呼ああああぁぁぁ~~…っっッ!!!」


 夕焼けの名残りがにじむ虚空に、嘉壱の嘆きが木霊している。

 カラスの鳴き声が空しい獅登山中腹――萌神荘。






   ×     ×     ×



「簡潔に言えば、今、嘉壱あいつが叫んだ通りだね」


 素旻スーミンに言伝を頼んで康狐廟を後にし、その後も情報収集を兼ねて捜し回ってみたが、やはり一筋縄ではいかない。


 すっかり日が落ちた。

 回廊の角燈の灯が連なっている様子が、池に映り込んでいる。

 宵闇に浮かぶ月と、蓮の花托が秋の風情を醸しているその上を渡り、皐月は飛叉弥ひさやの部屋へ招かれた。ささやかだが、食事と酒が運び込まれたところだ。


「では、ごゆるりと――……」


 一礼して下がる際、微笑を浮かべた侍女のような女に、皐月はふと首を傾げる。

 瞳に優し気な光をにじませたその表情が、ただの客人に尽くす愛想とは違うように見えたのだ。なんというか……


 心から、嬉しがられているような――


「ああ、すまんがすず、なんでもいいから一曲頼む。どうもこいつと話してると空気がギスギスしてならん」


「かしこまりました」


 飛叉弥の弱り顔を「ふふ」と笑い、女はうやうやしく障子を閉めて去った。


「彼女は――?」


 癖のない黒髪を胸元まで垂らした、嫋やかな雰囲気の美女だった。


「柳の香りがした気がするけど……」


 背後に妙な幻影も見えた。白い尾をひるがえす大魚だ。


「〝五十鈴いすず〟という。察しの通り、純な人間ではない――……」


 飛叉弥は蓮池を渡って戻っていくその姿を思い浮かべながら答えた。彼女のあの黒髪が水面に広がる様は美しい。人目を避けなければならないほどに――。


「水妖の脈持みゃくじ? でもまさか、お前が家妓をそばに置いてるとはね」


「確かに何か華を添えろと言えば、歌舞にしろ二胡の演奏にしろ、それなりに魅せてくれる女だが……」


「なに?」


 皐月は面白そうに鼻で笑った。

 飛叉弥は二人分の酒を注ぎながら、眉間にしわを寄せ、口をへの字にしている。


「~~……、家妓ってのは妾だろ。あれはただの侍女だぞ」


「とか言って、どうせ曰くつきだろ? 召使い一人にしろ、お前がただで女を側に置くわけがない。花人と生活を共にする者には、それなりの覚悟を強いてるはずだ。お気楽能天気に過ごしてきたのは、どこぞのじゃじゃ馬娘くらい」


 飛叉弥は思い出し笑いをする。


「元気か――? あの嬢ちゃん。〝奉里まつり〟…だったか。なかなかの器量()しだったと思うが」


 皐月は勧められた杯を手に、さらりとあしらう。


「〝あざみの花も一盛り〟とは言うけど、あいつにその時期は当分来ないね」


大國だいごくの娘じゃあるまいし」


 飛叉弥は乾杯もせず、さっそく酒を干して続ける。


「俺は常葉臣ときわおみにしたほうが、将来的には良い気がするけどな」


「なるほど? そういう魂胆で、お前はあの五十鈴って人を捕らえてるわけか」


「違う」


 皐月はため息一つ、杯を傾けながら、「まぁいい」と話を元に戻した。


康狐仙カンこせんについては、まだまだ調べが足りないし、会えたとして、何も知らない俺がそう簡単に説き伏せられたら、この八年間、お前は何やってたんだって話になるよ?」


「ならなそうでよかった」


「南世界樹の養い手になるってことは、台閣の天壇に縛られる。自由を失うわけだから、そもそも拒むのは当然かもしれない。でも、何か事情があって引き継げないのかもしれない。そうお前は推し量ってきた。わざと必要以上に神格を落としている可能性があるから」


「ああ。彼女は元来、枇琳園びりんえんの土地公で、城隍神じょうこうしんを兼任してきた。実質、李彌殷リヴィアン按主アヌスと言っていい。それが、酒や男に手を出すことが増えて、数年前には長らく絶っていたはずの人黄にまで手を付けたとかいう噂も…」


「人を殺したってこと?」


「分からん。死ぬ間際の人間であれば、一応、破軍星神府が許容している範囲内だが……」


 神とて不死身ではない。それなりの力を維持するためには、それなりの〝摂取物〟を必要とする。堕ちるところまで堕ちた奴の中には、同じ神の血肉を欲する者もいるくらい、実は悪食なのだ。

 かく言う飛叉弥の体は、酒と煙草の紫煙で出来ていると言ってもいい。


「皆が皆、露と霞だけ食って凌げるなら、お前の命が狙われることもなくて済むんだがな」


「不老不死の霊薬そのもの――、ではないけどね。まぁ、生命力がずば抜けてるってのは、悪いことばかりでもない。お陰で時化霊トケビが渦巻く界境に葬られたにもかかわらず、なんとかこうしてにっ…ッッくき裏切り者にも再会が叶ってる」


「……。」


 美酒が急に苦くなり、飛叉弥は固まった。五十鈴よ、早く音楽をくれ……。

 避けられない話題の入り口に立たされた気がする。

 重苦しい沈黙の間も、皐月は意地の悪いことこの上なく、平然と酒を飲み進める。相変わらず水みたいに……。クソ。

 飛叉弥は仕方なく、本格的な言葉の応酬に挑む腹を括った。


「今更だが――」


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