◍ 拾った花鬼の子、雨後の竹の子
雲霧が漂う白濁の世界に、高山が見え隠れしている。
ある冬の早朝のことだ。
鼻先まで冷たくなるほど、空気が冷え切っている。
両手を揉みながら祖父の家を目指していた時、いつもの沼地を通り過ぎようとしたところで、里の女神和である奉里は足を止めた。
地霧が溜まり、畔の景色を霞ませている。暁光に透けて朱く、眩しくなってきたその向こうに、一羽の鶴が佇んでいた。
群れの姿はなく、番いでもない。
たった一羽というのが妙な反面、孤高の存在はどこか神聖でもあり、見入ってしまう光景だった。
沼にはすっかり枯れ込んだ蓮の葉柄がうなだれていて、何かを啄んでいたその鶴が首を起こすと――
「ちょ…っ、嘘でしょ!?」
そこに、頭を鳥の巣状にされた、泥まみれの子どもが突っ伏していた。
傍らには、太陽の色を孕んだ白蓮が一輪――。
飛び立つ鶴の翼に煽られ、その不思議な花弁から、金の蕊が零れ落ちる。
しかし、半ば転びながら、子どもを抱き起しに来た奉里には、白い裳に降りかかるその美しい輝きも、泥跳ねと同様、目に入らなかった。
子どもが呼びかけに応じることはなく、ただ、この蓮の花弁が一片、力尽きたように散り落ちただけだった。
―― * * * ――
*――おじいちゃん…ッ!
*――どうした奉里。うん? なんだその子は
子どもは辛うじて生きていた。奉里が介抱し、全身きれいにすると、女の子のようにかわいい男の子だと分かった。
後に〝サツキ〟と名付けられる。
奉里は麓の里堂守であり、山腹の山堂守の孫娘。日ごろから子供たちに字の読み書きを教えていたため、持ち前の世話焼きな性格でもって、サツキのことも、それはそれはかわいがった――。
*
「おーい。ほら、おいで~。お風呂行くよ~?」
「……。」
月一回の贅沢。里の山小屋浴場にも一緒に入りに行った。
何食わぬニコニコ顔の奉里に対し、首根っこをつかまれたサツキは、毎度のこと半眼であった。
大の風呂嫌い。もはや猫だと、地面に両手の爪痕を残して引きずられて行く姿を見かけるたび、周囲は呆れた。
伸びきった髪を洗い、お湯をぶっかけ、少々手荒ではあったが、奉里は年の離れた弟のように面倒を看た。
だが、このサツキと名付けた五歳ほどの男児、なんと、数か月が経ったある日、
「……。え」
突然、奉里を見下ろすほどの体格となり、里が祀る蒼湶水師像のような美男へと変貌したのである……。