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払雲花伝《花咲かす鬼王、連理の枝を成すまで》  作者: 讀翁久乃
✥ 第一鐘 ――――――――――――――――――――――
3/53

◍ 拾った花鬼の子、雨後の竹の子

 

 

 雲霧が漂う白濁の世界に、もうすぐ陽をのぞかせるだろう高山が見え隠れしている。



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 年が明けて三日目。

 今朝は鼻先まで冷たくなるほど、空気が冷え切っている。

 両手を揉みながら祖父の家を目指していた時、いつもの沼地を通り過ぎようとしたところで、里の女神和めかんなぎである奉里まつりは足を止めた。


 辺りはまだ、薄墨を滲ませたような淡い色合いの中に眠っている。

 地霧が溜まり、霞んでいる沼の奥の方が明るく見えた。どうやらいち早く、暁光が差し込んできたらしい。 


 あかく、眩しくなってくるそこに、鶴が佇んでいた。群れの姿はなく、番いがいる様子でもない。

 たった一羽というのが妙な反面、孤高の存在はどこか神聖でもあり、見入ってしまう光景だった。


 凍った半透明の水面には、すっかり枯れ込んだ蓮の葉柄が霜をまとい、うなだれている。

 てっきり、それを啄んでいると思っていたのだが、鶴がこちらに首を起こすと――


「ちょ…っ、うそでしょ!?」


 その足元に、頭を鳥の巣状にされた、泥まみれの子どもが突っ伏していると分かった。


 奉里は心の臓が縮み上がる感覚がして、気が付くと走り出し、泥濘ぬかるみの中を必死に前進していた。


 飛び立つ鶴の翼に煽られた “ある花” が、ピクリともしない子どもの傍らで揺れる。

 太陽の色を孕んだ白蓮――狂い咲きしたその不思議な花びらから零れ落ちた花粉は、金粉のように魅惑的だった。


 しかし、半ば転びながら、子どもを抱き起しに来た奉里には、白い裳に降りかかるその美しい輝きも、泥跳ねと同様、目に入らなかった。


 子どもが呼びかけに応じることはなく、ただ、この蓮の花弁が一片、力尽きたように散り落ちただけだった――。





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     :





 *――おじいちゃん…ッ!


 *――どうした奉里。うん? なんだその子は




 子どもは辛うじて生きていた。奉里が介抱し、全身きれいにすると、女の子のようにかわいい男の子だと分かった。

 後に〝サツキ〟と名付けられる。

 奉里は麓の里堂守さとどうもりであり、山腹の山堂守やまどうもりの孫娘。日ごろから子供たちに字の読み書きを教えていたため、持ち前の世話焼きな性格でもって、サツキのことも、それはそれはかわいがった。




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「おーい。ほら、おいで~。お風呂行くよ~?」


「……。」


 月一回の贅沢。里の山小屋浴場にも一緒に入りに行った。


 何食わぬニコニコ顔の奉里に対し、首根っこをつかまれたサツキは、毎度のこと半眼であった。

 大の風呂嫌い。もはや猫だと、地面に両手の爪痕を残して引きずられて行く姿を見かけるたび、周囲は微笑ましく思いながら呆れてもいた。


 伸びきってウネウネしている髪を洗い、お湯をぶっかけ、少々手荒ではあったが、奉里は年の離れた弟のように面倒を看た。

 だが、このサツキと名付けた五歳ほどの男児、なんと、数か月が経ったある日



「…………。え」


 突然、奉里を見下ろすほどの立派な体格となり、里が祀る蒼湶水師そうぜんずいし像のような美男へと変貌したのである……。





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