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◍ 枇琳園の狐探し

 

 話の流れは、〝飛叉弥にそっくりな謎の美少年〟の護衛を命じられた男に移る――。



 *――お前、とりあえず一回謝っとけ


 先刻。

 背中を押してくる飛叉弥に、菊嶋嘉壱きくしまかいちは後ろ髪を掻き回しながら舌打ちした。


 *――ッんでだよぉ


 *――いいから


 仏頂面で腕組みをしている皐月の前に、嘉壱は渋々進み出た。

 いざ、枇琳園びりんえんに向かおうと邸の門を出たそばから分かれかけた彼を引っ張り戻し、後頭部を引っ叩いたら、こういう展開になった。

 知り合ったばかりの相手に、力加減を間違えたことは認める。だが、いい年して迷子常習者だという面倒くせぇ方向音痴の案内役サポート、兼、護衛おもりを引き受けたのだから、しつけくらい許されてもいいだろう。まあ一応、謝ってはやるけど? ただし


 *――すんっませんした~ッ


 鼻の穴に指を突っ込んだ変顔で。


 *――腹斬れ


 *――なんでだよっッ






 ◍【 妓女と豊穣 】


「ねぇ、なんでそのぉ……康狐仙カンこせんは枇琳園に立てこもってんの?」


「……。凶悪犯みたいに言うなよ」


「だって、普通に呼んでも出てこないんでしょ? 捕縛するには興味を持ちそうな何かで釣らなきゃならないなんて、凶悪犯をおびき出すのとそう変わらない」


「籠城してるわけじゃなく、そもそも不在だって話はよく聞く。昼も夜もなく、遊びに出歩いてるって」


「好物は?」


「〝人黄〟――人間の肝っ玉。もしく鶏卵。東扶桑ひがしふそうでは油揚げなんて言われてるらしいけど、そんなもんで釣れるなら苦労しねぇ」


 嘉壱は先導するのではなく、皐月の後ろから道案内していた。迷子は視界から消えることによって生まれるからだ。

 一般大衆向けの翠天平珞街すいてんびょうらくがいにやって来た。扁額へんがくにその文字がある牌楼はいろうを抜けると、さっそく頭上に紅い軒灯が連なっている。

 この通りは、妓女への貢物が必要とされて出来たという宝淵街ほうえんがい。その名の通り、鮮やかな色とりどりの油紙傘、繡花しゅうかぐつ、手鏡、嗜好品を扱う老舗が軒を連ねている。

 ひときわ目を引くのが、極彩色の豪奢な遊覧船だ。

 枇琳園は蔓垂河まんすいこうの船着き場を望む丘陵に築かれていて、小舟も行き交っている。しかし、この遊覧船に限っては、正確に言うと船型の水上遊興施設である。

 変わった見世物で客を呼ぶ餐館が入っている。昼前なので、今聞こえているのは軽快な弦楽器の音色。周囲にいくつか反り橋が架かっていて、そこを舞台に拍手を沸かせている曲芸師もいる。


 紙吹雪を払いながらその人垣を潜り抜け、嘉壱は狐仙と花柳街の因果解説をする。


「狐仙と言ったら財五大仙の中でも一番人気の豊穣神。穀倉地帯の中心にある王都に祀られるのが筋ってもんだろう?」


 別に華瓊楽カヌラ国に限った話ではなく、花街と産霊神むすびがみは切っても切れないほど縁が深い。神殿娼婦が先駆けになるが、彼女たちは、荒ぶる神の獣性を鎮めるための生贄にあてがわれた一方、多産の担い手だった。

 人原じんばらの男たちも、豊穣を祈願しに神殿参りをするついで、巫女に霊験あらたかな活力を求めるようになり――


「ようするに神聖を謳う売春ね」


「戦にしろ、農耕にしろ、数で勝負するしかねぇ人間どもにとって、人手不足は立派な悩みの種よ。康狐仙は巫女や商家に招財の豊穣神として祀られながら、いつしか娼業の祖として、妓女に芸事の上達を願われる神像にもなった」


 蠱惑が得意な産霊神と言ったら、この王都・李彌殷リヴィアンの場合は彼女を置いて他にない。


うてなに例えれば煉禺タルマン境だな。薫子の一族が治めてるとこ」


 大昔は、萼国きょうごくも神殿娼婦を必要とする鬼国と一括りにされていた。誤解であるが、煉禺に関しては、当代も恐ろしい鬼女の魔窟と言える。

 舟で王城に行きつくまでの間に、河畔から誘惑してくる女たちの村がいくつあると思う。五十以上だ。これが、千紫万紅の領巾ひれを振って、艶めかしく媚びてくる者だけではない。腰が曲がったババアまで一丸となって、両手いっぱいの野菜や民族楽器で強引に客引きし、一方的にもてなしまくり、頼んでもいない接吻せっぷんおまけ(サービス)まで付けてきやがる。

 いちいち捕まっていたら身が持たない以前に、身ぐるみ剥がされて素寒貧すかんぴんにされて終わりだ……。

 嘉壱は思い出し身震いをした。


「されたことあるんだ?」


屡子ルシ族の村……」


 皐月は鼻で笑った。馬鹿にして――というより、そうだろうと予想していたようだ。やっぱり嫌な奴……。そんでもって、萼という国の実態をよく知っている。嘉壱は半眼でその背中を睨む。


「ついでに聞いていい? お前、もしかしてあの薫子って人に惚れてる?」


「っ…はあッ!? ななっ、なんでいきなりそんな」


「だって、ああいう女王様系の八頭身美女、好きそうだから」


 皐月が立ち止まって見つめたのは、水路沿いにびっちりと立ち並ぶ河房だ。露台がせり出していて、胸の谷間を見せつけるよう柵にもたれかかっている蓮っ葉な格好の女が煙管キセル片手に「おいで、おいで」している。

 軒先には〝蝋燭牢城〟というお仕置き系の店名が掲げられていた。

 皐月が薫子にとんでもない第一印象を抱いていたことが判明した。しかし分からなくはない。


「すっ、少なくとも俺は~? 薫子のことススス好きとか、全然そんなんじゃねぇよ? 昔はけっこう仲悪かったし…。俺は雑草育ち。あっちは根っからの温室育ち。タタ確かに、きっ、気の強い女は嫌いじゃねぇけどお~」


 嘉壱は明らかに動揺させられていた。


「そ、それより康狐仙だろッ! とりあえず寝床の廟堂に行ってみるのはいいとして、案の定、居なかったらどうやって会うつもりだよ。てか、なんでお前が会う必要があるんだよッ」


「そのうち分かる。お前はアホっぽいけど、ダメ元で女狐を捕らえる良い方法を考えてみて」


「辻で猿回しでもするとかッ? 珍しい一芸とか、特技披露するとか~ッ」


「特技ねぇ。鞭打ちとかくらいかなぁ。縄の縛り方とか、拷問の仕方なら、一通り教えてやれるくらいの知識はあるんだけど」


「お前どこの牢城城主ぅう…っッ!? 奴抉好ドエスかっッ! 〝えぐるの好きな奴〟と書いて奴抉好ドエス大魔王なのかぁあ…っッ!?」


 当たらずしも遠からずであったが、嘉壱が皐月という花人の役職つとめを知るのは、もっとずっと、後のことである。


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