表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/53

◍ 神和少女と紅白の花びら


   *   *   *



「なにしてるのー?」


 居候させることにしたはいいが、まだ名前を付けていなかった頃、早く心を開いてほしくて、しつこく追いかけ回すうち、彼は逃げ歩くようになった。猫のようだった。


 *――あははは! 鬼ごっこなら私も得意だよ~? ほーら待てえ


 *――っっッ…!?


 構わず突撃して行くと、人間ではあり得ない身のこなしでかわされた。飛び移ったなぎの木の上から見下ろしてくるその眼は、決まって辟易気味な半眼だった。

 当時は無邪気が過ぎた。にっぱりと笑って、奉里はなんの躊躇いもなく木をよじ登ろうとして見せ、彼を慌てさせた。

 そんな関係から始まった。

 何度も繰り返されて、さすがに観念したらしい。声をかけても逃げなくなった彼は、かわいい黒猫のような童から、蒼湶水師そうぜんずいしのような美しい少年に変貌し、そして――


 ある日、幼い頃に見たお伽噺の中の神様になった。白人依しらとのいから教わった記憶によると、花売りにとっては商売繁盛の神。農民にとっては五穀豊穣の神。さらに、最高位となれば万物長養を司る、造化の神に相当する。

 

 〝花神〟――、花咲か翁だ。




   *   *   *




「わぁ…! これ、ぜえーんぶ! 皐月が咲かせたの?」


 祖父が亡き祖母の名を付けてしばらく。

 神和かんなぎの白い裳裾をくるんとさせながら、彼を取り囲んでいる夢のような景色の中に踏み入って行った。

 正月が明けたばかりの冷たい空気に、むせ返るような香りが漂い、時おり吹き抜ける風によって品よく整えられる。

 この風すらも彼が操っていると、奉里は理屈ではない何かで、なんとなく知っていた。ただの花鬼――、草花の化身に、ここまでの芸当はできないと。

 神和はなんとなく、が多い。巫覡ふげきではないが、普通の人間よりは、どういうわけか霊応がある。上衣はそれぞれの普段着でも、無地の白い袴や裳を履いていれば、一応は近場の霊場の管理をまかされたりしている身分だ。とはいえ、奉里に特別な自覚は何も無かった。


「なんのお花? 白いからぁ……梅の花?」


「……そうだけど違う」


 皐月は声が小さい。奉里はさらに歩み寄って、彼が引き寄せる下枝の先を見た。

 紅い蕾がついていた。どういうことか、すぐには理解できなかったが、皐月が念を込めてしばらく、頭上に枝を解き放って分かった。

 見事に開花しただけでなく、しべまで開ききった五弁の花が薄紅色に褪色し、純白に変わった。


「紅梅だったのに白くしたってこと? なんで?」


「散れば雨になるだろ」


「雨――?」


「花の雨だよ」


 いや。雪のようでもあるという。


 紅い飛花は慈悲となり

 白い飛花は心を清め



 *   *   *






 *――見る者の罪業ざいごうを払う……



 あれから十年。

 記憶を呼び覚ます些細なきっかけとして、それは、越境に挑んだ奉里の鼻先へ舞い落ちてきた。

 いざ、岩場登りを再開しようとした矢先、待て。というように。


「花びら――……?」


 奉里はきょとんと寄り目になった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ