◍ 神和少女と紅白の花びら
* * *
「なにしてるのー?」
居候させることにしたはいいが、まだ名前を付けていなかった頃、早く心を開いてほしくて、しつこく追いかけ回すうち、彼は逃げ歩くようになった。猫のようだった。
*――あははは! 鬼ごっこなら私も得意だよ~? ほーら待てえ
*――っっッ…!?
構わず突撃して行くと、人間ではあり得ない身のこなしで躱された。飛び移った椥の木の上から見下ろしてくるその眼は、決まって辟易気味な半眼だった。
当時は無邪気が過ぎた。にっぱりと笑って、奉里はなんの躊躇いもなく木をよじ登ろうとして見せ、彼を慌てさせた。
そんな関係から始まった。
何度も繰り返されて、さすがに観念したらしい。声をかけても逃げなくなった彼は、かわいい黒猫のような童から、蒼湶水師のような美しい少年に変貌し、そして――
ある日、幼い頃に見たお伽噺の中の神様になった。白人依から教わった記憶によると、花売りにとっては商売繁盛の神。農民にとっては五穀豊穣の神。さらに、最高位となれば万物長養を司る、造化の神に相当する。
〝花神〟――、花咲か翁だ。
* * *
「わぁ…! これ、ぜえーんぶ! 皐月が咲かせたの?」
祖父が亡き祖母の名を付けてしばらく。
神和の白い裳裾をくるんとさせながら、彼を取り囲んでいる夢のような景色の中に踏み入って行った。
正月が明けたばかりの冷たい空気に、むせ返るような香りが漂い、時おり吹き抜ける風によって品よく整えられる。
この風すらも彼が操っていると、奉里は理屈ではない何かで、なんとなく知っていた。ただの花鬼――、草花の化身に、ここまでの芸当はできないと。
神和はなんとなく、が多い。巫覡ではないが、普通の人間よりは、どういうわけか霊応がある。上衣はそれぞれの普段着でも、無地の白い袴や裳を履いていれば、一応は近場の霊場の管理をまかされたりしている身分だ。とはいえ、奉里に特別な自覚は何も無かった。
「なんのお花? 白いからぁ……梅の花?」
「……そうだけど違う」
皐月は声が小さい。奉里はさらに歩み寄って、彼が引き寄せる下枝の先を見た。
紅い蕾がついていた。どういうことか、すぐには理解できなかったが、皐月が念を込めてしばらく、頭上に枝を解き放って分かった。
見事に開花しただけでなく、蕊まで開ききった五弁の花が薄紅色に褪色し、純白に変わった。
「紅梅だったのに白くしたってこと? なんで?」
「散れば雨になるだろ」
「雨――?」
「花の雨だよ」
いや。雪のようでもあるという。
紅い飛花は慈悲となり
白い飛花は心を清め
* * *
*――見る者の罪業を払う……
あれから十年。
記憶を呼び覚ます些細なきっかけとして、それは、越境に挑んだ奉里の鼻先へ舞い落ちてきた。
いざ、岩場登りを再開しようとした矢先、待て。というように。
「花びら――……?」
奉里はきょとんと寄り目になった。




