◍ 神代種 大伽藍鳥(アルゼバス)
青莱鳥の空卵を、なぜ神々は好むのか。
理由は簡単。不老不死の霊薬に匹敵するほどの効能はないが、真っ青な卵殻に〝長寿の素〟が凝縮しているらしい。
つまり、盤臺峰出身の天神にとっては、神代崩壊以来失われゆく一方となったその生命力を補える代物。入手するや、病がちな神に与えたりもしているとか。
中堅薬尼・鄒欣姐さん講座によれば、かの有名な〝甘露〟には程遠いながらも、軽度の病気怪我なら即座に完治するくらいの効き目はあるそうな。
千年大戦時、神々は新たな己の宿地以外にも、こうした霊薬の争奪戦を繰り広げた。
青莱鳥の名の由来――莱という植物の変種も、数多を魅了した一つである。蓬のような香草で、新芽が鮮やかな赤紫色をしているのが本来の特徴だ。この青い見た目のものを食しているが故に、青莱鳥は神秘の卵を生す。そう信じ、追いかけまわした者はいくらでもいたが、誰一人帰ってきた試しがないため、いつしか神も人も悟った。
青莱は、時化霊が渦巻く界境に群生している。かの鳥は、〝陵鳥神〟に属すのではないか。
いや、青莱鳥自体が犠牲者の変化なのではないか。冥土にて青莱を食べ、地上にその薬効をもたらそうと――、いや。ミイラ取りをミイラにしようと、現れるのではないだろうか。
そして、甘露と同じ〝三毒〟をもって狂気と悲劇を生み出す。怒り、無知、欲望。これに当てられた者は、青莱鳥の思惑にも気づかず、黄泉路とて突き進んでしまうほど正気を失うのだと――。
◍【 鬼子母神な鳥 】
ちなみに奉里を襲ったのは、この卵の産みの親ではなかった。現状、これに勝る献上品は思い当たらず、北側の崖に直行できそうな吊り橋を選び、渡り始めた時だった。
谷底からの急な風に煽られ、左右上下に足元が揺れた。漁師網の中にいるようなものなので、踏ん張りも利かなかった。
*――わわっ…!! な、なになにっ!?
ぐククク、と喉を鳴らす音が木霊しながら急速に近づいてきた。
ミシミシいう綱につかまりつつ、急いで浮き島に引き返そうとした奉里の目の前で、霧が下から突き破られた。
奉里は危うく「パクっ」とされかけたのだ。縦長の大口を開け、黒髪をなびかせる化け物が出現した。赤月のような色の眼がぎょろりと動いて、そこに自分の顔が映った。人生最大にあんぐりと顎を落とし、白目を剥き、今にも魂が抜け出そうなひどい顔だ。もちろん腰を抜かした。
と同時に吊り橋を破壊され、絶叫する羽目になったため、そいつの正体を見定めている余裕はなかったが、再び雲霧の中に消えていった巨大生物の影は、鯨のように見えた。
東扶桑の漁師らも、時おり船を突き上げられ、痛手を負う。
ヒレの部分を羽ばたかせていたことから、実際は、神代種級の大鳥であったと思われる――。
* * *
長い回想を終え、奉里はあらためて思った。
「はぁ……。ホント先が思いやられる」
なんとか北紫薇巉に渡れたものの、考えてみれば、こちらの世界は群を抜いて神代種の生き残りが多い。白猿の神に受け取ってもらえなければ、青莱鳥の卵は身に余る代物でしかなくなるだろう。
奉里は自分の命を危険にさらすかもしれないそれを、今はどうしようもなく懐に収め直した。
いつまでたっても蔦を登ってこないことを心配したのか、その時、顔の前にハタハタと音をさせるものが下りてきた。〝白人依〟だ。
人型の紙が蛇腹折りにされた蚕姫の巫呪符であるこれは、吊り橋が壊れた瞬間、綱を補強してきた役割を捨て、絶叫する奉里に巻き付くと、見事な人命救助をして見せた。
その後、自らの胴体部分に浮き墨文字を現し、大鳥の正体を解説してくれた。
〝鯨鳥〟――東南ではそう呼ばれ、西北では大伽藍鳥と記し、神代語で〝アルゼバス〟
*――母性と、自己犠牲の象徴的鳥神。
ひなを養うため、時には自らの血肉を与える。
抗老化に余念なく。大変悪食。
得意技…………、一気食い
だろうよッ。
「はぁ~~……。大丈夫かなぁ、こんな調子で」
独り言だったのだが、思わず不安を漏らすと、目の前にぶら下がった白人依が超高速百八十度腹筋をして、陰鬱な雰囲気を蹴散らそうと風を送ってくれる。
「あ~。ありがと~。ごめんね? 弱気なこと言って。せっかく付いてきてくれたのに」
白人依は宙返りしながら自ら折り畳んだ状態に戻り、一体の分厚い人型となって岩場をよじ登り始めた。
一生懸命、お手本を見せようとしてくれている。えっちら、おっちら。ちょこちょこちょこ、と平坦なところを走っては、奉里が一歩で踏み越えられる段差に飛びつき、転げ落ち、頭を横に振る。
奉里は苦笑気味に笑った。
玄静に連れられ、初めて蚕姫のもとを訪れた時、かまってくれたのがこの古紙の憑器だ。大人二人が奉里には分からない話をしている間、遊び相手になってくれた。絵本になりながら、読み書きを教えてくれた。
皐月は大きくなってからもずっと世話の焼ける弟同然なので、奉里にとっては今も、兄と呼ぶにふさわしいのは白人依である。そして自分は、根性しか誇れるものがない妹――。
「よし…、行くか!」
気合を入れなおした奉里は、ぎゅっと蔦を握る両手に力を取り戻した。
【 伽藍鳥 】ペリカンの別名。伝説・象徴、ほぼ上記通り。
【 三毒 】欲・怒・愚の三つ。鳥・蛇・豚に例えられる。




