◍ 目下の急務。会うべき相手は他にもいる
はじめは、人払いしてもらった上で飛叉弥とだけ、積もる話のついでに現状の情報共有をするつもりだった。
だが、忍び込めた流れでも屋敷でもなく、正面切って訪れたため、このように余計なやり取りまでせざるを得ない面倒な構図になったのである。
「て――わけで、あんたたちの詮索に付き合ってやりたいところだけど、それはまた今度、暇な時にさせてもらうよ」
嘉壱は舌打ちした。皐月はいちいちムカつく言い方をする。もちろんわざとだろう。挑発するだけしておいて、実際には相手にしない。している場合でないと一方的に切り上げ、こちらにだけイラ立ちを呑み込ませやがる。こいつ……、タチ悪いな。
「来る途中、この館は薬園でもあるって聞いた」
元、寺院園林で、後に私家庭園に改修され、無人となってからは怪現象が絶えない幽霊屋敷だったが、前家主が散財を惜しまず集め遺したものは、単に隠居生活を華やげる娯楽品ではなかったと。
豊かな植栽や広い板の間は、非常時に傷病者を受け入れることを想定した設えであるとか――。
皐月は嘉壱の内心に気づかぬふりをしたまま続ける。
「現に八年前、ここは雑魚寝させられた人たちであふれ返ったんでしょ? 庭の木の根、奇岩なんかの食べ物や薬になるもの、百科の書物、呪物、農具……」
この部隊にとっては、使い果たされて失ったこれらを、こつこつ蒐集しなおしてきた八年間でもあった。
言いながら皐月はつと、三角に小さく折りたたんだ紙を懐から取り出し、飛叉弥の膝元に放った。
「ちなみに〝これ〟について何処まで調べがついてるか知らないけど、俺の見立てじゃ、当時の悪夢が再現されてもおかしくない危険物だ……」
もちろん、旱魃や飢饉を引き起こす代物ではないにしろ、広まれば同等の死者を出す可能性が否めないだろう。
「まさか、畝潤でこれを……?」
飛叉弥は開き見た中身から視線を上げ、驚き半分、疑わしげに眉根を寄せた。事実ならばとんでもない緊急事態だ。
「採取したのは、件の挿し木から少し離れたところ。畝潤土地公と領主は、木に急激な老化現象が起き始め原因を、何らかの理由で時化霊に接触しているせいだと思い込んでいたらしい。養い手の按主に相談の上、しばらく様子を見ていたそうだ」
この石灰のような〝妙な粉〟――
「まだ正式には、どんなものか周知されていないってことだよな」
「ああ……、撒いた覚えのない農薬に触れたり、不審な業者からやたらな肥料を買い取ったりしないよう、注意喚起はされているが」
「どうやら問題が山積してるみたいだね。ある意味、本当に来る時期を間違えたかもしれない」
想定以上の現状を把握させられることになり、後悔のようなことを口にする皐月から視線を下げ、飛叉弥は一考する。
「……どうせならお前に一つ、頼みたいことがある」
ぼそっと聞こえてきたこの台詞に、皐月は間を置いてから低く返した。
「――なに」
「枇琳園という、この国一の歓楽街が城郭内の南にあってな。丘陵の裾野に一般大衆向けの翠天屏珞街、中層に金持ち向けの青洞中珞街、上層に元宮妓の館がひしめく旧瓔珞院の三層を擁する、早い話は巨大な酒楼群だ。旅籠や土産物屋もあって、昼間もにぎわっている」
そこに〝康黛紅〟という仙女が籠っている。
「康黛紅……」
というのは、まさか。
問うてくる皐月の視線に、飛叉弥は無言で首肯を示した。
「せっかくだから会ってみてくれ。興味を引く必要がある。そう簡単ではないから、おそらく数日は要するだろうが…」
「いいよ。そっちの件に関しては、どの道首を突っ込まざるを得ない。〝釣り〟は嫌いじゃないし」
「そうと決まれば嘉壱」
「あ?」
なにがどう決まったのか、嘉壱は返事というよりも状況が理解できず、頭に疑問符を浮かべた。
「お前、しばらくこいつの護衛についてくれ」
「はあーッ!? なんでっッ」
「迷子になりやすい奴なんだ。お前は風使いの飛行夜叉。送迎や捜索が必要になることを想定すると、お前ほど適任な奴はいない」
「ちょっと待ってよ飛叉弥ッ」
薫子が眉間にしわを寄せて柳眉をつり上げる。
「この子の素性を言えないなら、せめて断言して…! 信じていい仲間なのよねぇッ。私たちが同族というだけでは信用しないってこと、分かってるでしょ!?」
「〝足抜きの裏切者〟……」
鼻で笑って、皐月は七人の視線を集めた。飛叉弥と無表情の勇以外は、まさに鬼の形相となり、この言葉がいかに禁句であるか、その存在がどれほど憎まれてきたかを皐月は我が事のように味わった。
薫子らの反応は当然のものだ。八年前、華瓊楽を襲ったすべての災害は、萼からある呪物を強奪した〝飛叉弥の元右腕〟が、例の火蛇神一味に加わって引き起こしたのだから――。
「仲間なんて言葉は、気安く使うもんじゃないよね。それは俺も同感だ。そういう意味で言えば、俺とあんたは〝気の合う同類〟……」
ものは考えようだよ――?
刃の切っ先を揃え向けられているかのような状況にもかかわらず、皐月はやはり面白いとしか感じていない顔だ。小賢しい物言いの裏に、十七歳の少年にしては座りすぎている度胸が透けて見えて、薫子は忌々し気に紅唇を噛みしめた。
◇ ◆ ◇
【 夜来香 】つる性。星形の黄色い花
【 月下香 】チュベローズの花
【 月来香 】月下美人の花。覇王樹科




