◍ ひとは見かけによらない
「お前は本当に十七か――?」
つと口を開いたのは、副隊首に当たる菖淵史雄勇。
菖家大三閥・菖淵家の子息だ。姉は藍壺衙門の現鎮樹王将という、薫子に並ぶ生粋の金枝玉葉である。
ただ、軍人ながら眼鏡が外見的特徴。寡黙で頭脳明晰ゆえに、少々意思疎通が難しい。啓・嘉壱・満帆のような〝七光り要素が拭えない組み〟には、いっそう理解できない次元の会話となり得る。
案の定、満帆が代表するかのように、「どういうこと?」と不安げな顔をした。
飛叉弥と、その対面にいる皐月との間に、六人いる仲間たちはそれぞれ三対三に分かれ、向かい合って座っている。互いの自己紹介は、飛叉弥が最初に軽く済ませてくれたが、年齢を確認することに何の意味があるというのか――。勇の対面にいる薫子も、さすがに解せない顔をしていた。
余裕面で構えているのは、何を聞かれても、饅頭と茶を味わう手を止めない皐月だけ。
「十七にしては幼く見える?」
「いや、老けて見える」
「あっそ」
会話終了。
女相手だったら、まったくもって失礼な一言を吐いた勇は、満帆が半眼でじっと見つめても、痛感が無いかのごとく痛くも痒くもない顔。それ以上は何も発言する気がないらしい。
皐月も皐月だ。なぜサバ読みを疑われたのか、小首を傾げる素振りもなく饅頭を皮だけにしては、口に放り込む。
「飛叉弥、ぶっちゃけこいつ、お前の何なんだ?」
「あぁ、まぁ……、うん」
嘉壱が飛叉弥に向けた半眼は困惑を宿している。部屋に上がり込んできた奇妙な生き物を前に、下手に触りたくないと言いたげだ。
飛叉弥はひとしきり唸った末、咳払いをした。
「そのぉ……、昔は仲よく一緒に暮らしていたんだが、事情があって家から遠く離れた所に捨てざるを得ず、どうやらそのことを恨み、人間の姿に化けて出てきたらしい元飼い猫の…………。〝黒〟だ」
「なるほど。確かに猫っぽい。頭の寝癖が耳に見えてきた」
「騙されんな柴ちゃああんっッ!! そんな可愛い玉なわけねぇだろッ!? たぶん白猫がいたら可愛いからじゃなくて、手垢で黒くしてやろ。とか言って撫でまくる奴だってコイツっッ!!」
「見てもいないのによく分かるなぁ、お前。まさに、さっきまで家で撫で回してたんだ、愛玩動物の〝ヒサにゃん〟――。いい具合に黒ずんできてる」
「ほら見ろヒサにゃん…っ! コイツ腹ん中真っ黒だってッ! ヒサにゃんと同じ蓮家の花人だとしたら風上にも置けねぇほど汚れまくって…」
「誰がヒサにゃんだこの野郎」
部屋に居座っている珍奇な生物が、うにょうにょ変態し始めたのを指し示すように、嘉壱は半ば発狂しながら飛叉弥に訴えた。一番近くに座っているため、彼と瓜二つな皐月の気持ち悪さと得体の知れなさがビンビン伝わってくるらしい。
嘉壱は利口ではないが、その分、天才的に感覚は鋭い。優秀な姉や弟妹に劣等感を感じてきた満帆も、実は眉を読むことに長けている。
なんだかんだで、もっとも蚊帳の外を味わうのは自分だと思い当たると、啓は焦りに似た不安を覚えた。ただ黙ってやり過ごせば、皐月が連れ立ってきたこの暗雲のような妙な空気感は消え去るのだろうか……?
皐月は「来る時期間違えたかな……」と呟いた。独り言ひとつにしても意味深。そう思っている啓とは違う理由で、薫子は警戒感を高めていた。
〝闇の花〟――。皐月が先ほど口にしたそれは、香りだけしか分からない不可視の花のことである。
たとえば、〝夜来香〟〝月下香〟〝月来香〟――これらはすべて違う花だが、夜咲きの芳香花という点では同じだ。闇夜に迷う者を導く〝希望〟と捉える者もいれば、むしろ惑わせ、墓場に誘い食らう夜叉そのもののような花と恐れる者もいる。その花にたとえられる花人は皆、甚大な霊応を発現する七彩目の持ち主ながら〝盲目〟であるとも――……。
花人だとすれば異色といっていい皐月の黒い瞳を、勇も先ほどから眼鏡越しに睨んでいる。彼はもともと目つきが鋭いため、仲間たちは気づいていないが、皐月は無視しているだけで気づいてはいる。居心地の悪さに耐え兼ね、長めのため息をつく。
「今日のところはお呼びでないなら、また出直してもいいんだけど……」
この大広間は、低い手すり付きの回廊に囲まれている。欄間のように華やかな彫刻が施されており、黒っぽい板張りの床は、外の木々を映し込むほど磨き上げられている。中庭の紅葉が色づき始めれば、いっそう見事な広間だ。
皐月は視察した畝潤の挿し木のことを思い起こしながら、ここに送り届けられるまでに聞いた話を頭の中で整理した。獅登山の獅霧山荘――、現在は萌神荘と呼ばれているこの館の前所有者は、生前〝臥龍〟と称されていた人格者でもあったそうだ。
興味深いことばかりだが、話を掘り下げるとなると、やはり優先すべきは畝潤土地公らに調査を約束した件。
「たとえば、樹木の異様な変貌現象とか、生き物の大量死とか……、最近そういう怪事件が相次いでたりしない――?」
秋の気配を映す暖色の濃い陽光が差していながら、その場の空気が凍り付いた。




