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◍ たった七人。萼の軍鬼人精鋭

 

 清豊明しんほうみょう八年、九月二十三日――、正午。


 この世界の時を知る手段は、一つではない。

 日時計。水時計。砂時計。香盤、洋燈ランプなどを利用した燃焼時計。

 ちなみに、寺院では香盤時計が主として用いられ、今、麓から鐘の音が聞こえてきた。

 華瓊楽カヌラ国最大の城壁を誇る王都・李彌殷リヴィアンの西廓、北城市。 

 この区域エリアを見晴らせる山を、獅登山という。北遠門を出たところに田畑を擁し、世界三大鬼族――花人はなびとこと萼国きょうごく夜叉が、番所、兼、邸を与えられていることで有名だ。


 門構え、窓、手すりなど、至る所に木工彫刻が多用された南海様式の外観に対し、内装は東山の天女を描いた掛け軸、北穹ほっきゅうの絨毯、西原動物の剥製、庭を見れば奇岩奇樹。まさに憑器の宝庫。

 東では古物に宿る雑魂を〝九十九神つくもがみ〟と言うが、その吹き溜まりと言って過言ではない各所に、貴族が極めた社交性と骨董鑑賞の趣味がうかがえる。

 とても軍人が住んでいるとは思えない。だが、別に落ち着かないわけではない。皐月はのん気に茶をすすっていた――。



飛叉弥ひさや…ッ!」


 花人はそもそも、軍閥を背景に成り立っている。当代は人間を元首に据えている一方、軍権は花人の中で王族を名乗る血筋が掌握しており、魔窟だろうが、雅やかな茶席だろうが、招じ入れられて浮き足立つ低級蛮鬼ではないのだ。

 援助を乞われれば、国境も界境もなく応え、救国救民のため――、そして、破軍星神府はぐんせいしんぷに加勢しながら、荒ぶる鬼神の一面を合法的に思う存分さらけ出すため、とにかく様々な思惑があって、人間に味方してきた。

 ここに暮らしてきた七人は、その王族を中心とする東天花輩の花人。とりわけ教養高い金枝玉葉の縁者である。しかし、馬屋とて顰蹙ひんしゅく一つせずに寝泊まりして見せるのも華冑王家かちゅうおうけというもの。どんな困難を強いられようと、忍ぶ花の鑑を担ってきたその誇り(プライド)は、盤臺峰ばんだいほう並みに高いと言ってよい。つまり……


 

 同類なかま意識を共有できる者は、限られている――。

 


「何がどうなってるか説明しろ!」


「急に髪を白髪に戻したと思ったら、こういうことだったの?」


「確かに、髪色で区別するしかないくらい、そっくりだな」


 青壺衙門ソルチェンテシア現鎮樹王将の養子――菊羽越ツェン・ウェイツ

 菊家大三閥・菊嶋家跡取り候補、菊嶋嘉壱。


 芳桜婀香霞ほうおう・アスリジャ――紅壺衙門ヴァンダルシア前鎮樹王将の姪。

 桜家大三閥・桜源おうげん家長女、桜源嶺おうげんりょう薫子。


 桐騨とうだ――碧壺衙門ルキンリシア太知医の弟子。

 桐家大三閥・桐ヶ坂家門弟、桐峰きりみね柴。


 三人が堰を切ったように、それぞれ思ったことを口にした。

 〝大三閥〟とは、同種の華痣(はなあざ)と異能、同系色の瞳を有する花人の各血筋において、当代最も有力視されている三権家である。

 緊急招集された面々をさりげなく観察しながら、皐月は茶菓子にも手を付ける。

 この花連部隊は、真向かいに胡坐している白髪の花人――、蓮壬彪将はすみひゅうじょう飛叉弥に絶対的な信頼を寄せ、己の将来を投げ打った。――いや、絶対に大手を振って帰還してやると豪語しそうな少数精鋭で、なんとか成り立っている。

 見れば全員が玉に瑕。半ば家出したに近いと思われる者が数名。出世欲というより反骨精神の塊。

 面白いが、厄介でもある。

 皐月は鼻で笑いながら、手元の饅頭を一口大に欠く。さて、どう掻き乱してやろうか――。



「……。なにをしに来た、お前」


 呆れと警戒心が綯い交ぜの眼が、ジトっと据えられてきた。この場にそろった多彩な瞳の中で、最も美しい紫蓉晶シェヴァイシスの七彩目を有する件の隊首殿からだ。

 飛叉弥は蓮家大三閥・蓮壬はすみ家の子息として育てられたが、受け継いだ容姿の特徴は、絶えたとされているある別の王家のもの――。


「話しぶりからして、そろそろ呼ぼうと準備はしてたんだろ? 今日は都合が悪かった?」


 皐月は空とぼけたふうを装って言う。

 飛叉弥は舌打ちしたそうに端正な青年の顔をゆがめる。


「一人でふらふら、異界国にまで散歩に出るとは……。相変わらずで何よりだが、危ないだろ。頭どうかしてるぞ」


「お前に言われたくないんだよ。華瓊楽カヌラに派遣されてから八年もの間、黒髪で過ごしてた理由、言えるもんなら言ってみろ」


「死んでも話さん」


「賢明な判断だ。正直いま、腸が煮えくり返ってる」


 皐月はなんとも自然に、威圧的な会話を続ける。飛叉弥以外の面子は何が何だか分からず、顔を見合わせるしかない。


「なんなの? この子……。ていうか、飛叉弥の従弟いとこか何か?」


「知るかよ」


 椿家ちゅんけ大三閥・真椿まつばき家三女――、満帆は隣の嘉壱に耳打ちしながら、あからさまに不審がっていた。

 まさに鏡合わせ、生き写しなどと言われるほど酷似した親類など、飛叉弥にはいないはず。育ての親の蓮壬家当主すら実際は義兄弟のようなもので、年齢も見た目も若すぎるし、大して似てもいない。

 そこにきて、赤の他人にしては似すぎている皐月が「ただの知り合い」としか名乗らず、先ほどから刺々しいやり取りを続けているのだ。謎という以外ないだろう。



「来る途中に、壽星桃の挿し木を一体、視察させてもらった」


「本当に将来の南世界樹が務まるのか、育ち具合を確かめに来たか」


「いや? 当初の目的を果たすよりも、興味深いことがあるのを知ったから、何しに来たかはこれから決まる。一概に言えない」


「ほお」


 飛叉弥もフンと鼻を鳴らして、茶をすする。

 その所作がいつになく荒っぽいのを見ていた最年少の隊員――啓丁けいていは、柴に耳打ちしていた。


「なんで怒ってんの? 飛叉弥」


「分からん。あまり知ろうとしない方がいい気がする……」


 柴は庭の仮山ほどある巨漢だが、穏便を好む小心者だ。

 対照的なのは薫子。大三閥令嬢にして女傑という肩書通り、花鬼にふさわしい濃厚な美貌と、軍人の威厳をふりまくように続ける。


「〝皐月〟――て言ったかしら。飛叉弥が呼んだわけじゃないなら、私たちには関わらない方が身のためよ? 何処に暮らしてきたか知らないけど、さっさと帰ることをお勧めするわ」


「とか言って、実はそっちが関わりたくないんだろ。〝闇の花〟かもしれない俺と――」


 不敵に笑う皐月に薫子は黙った。図星のようだ。それは分かったが、啓はやはり会話についていけない。

 梨家大三閥の喜梨きなし家を後見人としているだけで、生まれは雑草――元〝むぐら〟の自分は、皐月の正体に皆目見当もつかない。一体何者だと言うのか。

 同じような生い立ちである向かいの嘉壱を見ると、ガッツリ腕を組んでいた。偉そうに胸を張っているが、その顔は「とりあえず静観ッ!」と言ってる。……ダメだ、こいつも。



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