◍ 吉か凶かの綱渡り
〝皐月は縁を切りたがる男〟――。紋紋は話を盛る癖があるが……
《 具体的には、何がどうなっている状況だ? 》
呆れつつも、まったくの嘘ではないため、包包は蚕姫にこそっと問うた。
「紋紋が察した通りじゃ。皐月が――、星が動きだした。軌道修正のためにな」
《 では仕方ないか。大事になる。今すぐではないとしても、いずれ縁を絶たれるかもしれん。奉里は阿呆だが、女の感が鋭いというのは本当だな 》
「私も端くれとはいえ、一世界樹の天壇按主。そろそろと予感してはいたが……」
独り言のように言う蚕姫の傍らで、包包は奉里の背を凝視した。
紋紋が彼女を大げさに鼓舞しているのは、やはり初心な小娘らしい気弱な部分が透けて見えるからだろう。皐月が家を留守にするだけで、何故これほど不安に思うのか、妙な胸騒ぎと、奴に対するよく分からない感情がこんがらがっているらしい。まったく世話が焼ける。世話人のくせに――。
《 紋紋、断食させられては溜まらん。ここはやはり一肌脱いでやるとしよう 》
「え…? いいの? 包包さま」
包包はあえて無言で進み出た。気持ちというのは、時として行動で示した方が早いこともある。
《 夫婦蚕の利益にあやかる資格があるか否か、吉と出るか凶と出るか分らぬが、とりあえず追いかけて行ってみるがいい 》
《 ちょっと待って包包。きびそはすぐに練れないんだから 》
きびそとは、蚕が最初に吐き出す固い糸である。糸取り作業はこれを引き出すところから始まるが、蚕崖の裏渡し作業はこれを練るところから。
《 行くわよお! えいっ 》
紋紋が嘶く馬のように立ち上がって、巨大な頭を振り下ろした。
《 それっ 》
包包は下から振り上げた。
二頭が吐いた白い糸が、空中で絡み合いながら、どこまでも、どこまでも伸びていく。大天屏峪は元来、霧が流れては、また流れてきて視界が悪い。奉里はついに糸の先端を見失ったが、垂れ下がってきた手前を見ると、蜘蛛の巣状に網目ができていることが分かった。
しばらくして、注連縄が施された近くの岩に接着作業をした包包が、よし、と手ごたえを口にした。
「えっ? もう準備できたの!? めちゃくちゃ渋ってたわりに早いッ」
《 結ぶのは簡単。良好に保つのが難しい。それが縁の糸というもの 》
「やっぱり途中で切れるかもってことですか…っ?」
「ツラナイタナセ、シラトノイ、トケヒノミヤマノラン、ムカウナジ」
蚕姫が命じるようにピッと指さすと、その袖の中から、人型に切り抜かれた蛇腹折りの半紙が飛び出し、玉糸の吊り橋を手前から装飾していく。
「ほれ、より頑丈に繋げてやったぞ」
そう言われても、実際はどうなっているか遠すぎて分からない向こう側の崖を見つめ、奉里は胸の前で手を握りしめた。
「南巉はもっとも塵界に近いゆえ、時間経過が他の世界より早い。丸一日滞在して帰っても、こちらでは半日も経っておらぬ。じいさんの晩飯の支度にも間に合うだろう」
「ありがとうございます、蚕姫さま」
蚕姫は礼を言う奉里に文を渡しながら続けた。
「良いな? 〝真澹〟という山間の村だ。蒐のところまではどうしても自力で行きつかねばならぬが、奴を味方に付けることができれば、旅路はだいぶ楽になる。華瓊楽の現状を探ることも容易だろう。あちらの様子に関しては私も知りたい。皐月の今後を左右する国じゃ。しっかり見極めて参れ」
「――……、はい」
これはお守り代わり。と、蚕姫は用意しておいた頭巾付きの外套を羽織らせた。
身なりを整えてもらった奉里は、ふと頭上を仰いだ。白鷺が群れを成して旋回している。鴇も同じように、数十羽連なって空中演舞し始めた。
〝朱鷺〟と書いたり、紅鶴とも言われる鴇と、清らかな白鷺の二種が描く輪は、まるで水引きの花結び。何度あっても嬉しい祝い事の象徴に見える。
ちょっと元気が出て、自然に笑みがこぼれた。
《 途中で切れたらすまん 》
「ぇええ…っ!?」
せっかく縁起がいいと踏み出した矢先にそんなことを言われ、奉里は思わず引き返したくなった。包包さまのバカ。
《 振り返るなー。羽蟲たちが景気付けしてくれている間にさっさと行けー 》
《 途中で切れたらねぇ! あッ、ああ~! ってするのよっ! 》
「なにそれっ!?」
蚕姫、包包、紋紋が声をそろえて叫ぶ。
「《 鐘撞きの撞木につかまってると思え! 》」
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